17 洗濯場からの帰り道。部屋に戻ったらどうしてやろうか。昨日の情景を思い出して、勝手に口角が上がっていくのが分かった。なまえの匂い、なまえの感触、なまえの味、なまえの声、なまえの表情。全部が全部、すぐ目の前にあるかのように鮮明に思い出せる。一度してしまえばもうあとは流れるままだった。まるで盛った猿みたいに、何度も何度も腰振って、たくさん精液ぶちまけて、その度に絶望に顔を歪めるなまえを見て、またどうしようもなく昂って、 (っ、思い出しただけでこれだもんな) 軽く反応しだした自身に苦笑いした。自然と足取りが早くなる。早く戻って、早く触れたい。今まで散々我慢してきた自分が馬鹿みたいだ。もう戻れない。足りない。もっと欲しい。なまえでいっぱいになりたい。ああ、でも、今日は昼から練習があったっけ。あんまり長くいられないか。なら余計早く戻らないと。今こうして離れてる時間すら惜しい。 「……なまえ…?」 けど、部屋に入るとそこはすっかりもぬけの殻だった。 その声は幻聴でもなんでもなくて、本物の荒北くんの声だった。ドアの前に立つ彼は驚いたような顔をして俺を見つめている。どうして彼がここにいるんだろう。訳がわからなくて反応に遅れたけど、すぐに我に帰った。布団を掴もうとしたが雪成が持っていってしまったからもうない。咄嗟に体を丸めたけれど、手遅れだ。見られた。全部。最悪だ。よりによって一番知られたくなかった相手にバレてしまった。 「…お前、」 「かえっ、て」 「!」 「ごめ…おれ、もう、ダメなんだ」 掠れた声だったけど構わず振り絞ってそう伝えた。また体が震えだす。帰ってほしい。たしかにそう伝えたのに、荒北くんが近付いてくるのがわかった。嫌だ。やめてくれ。もうこのまま死んでしまいたい。 「や、だ……きたく…」 「………」 「…見、ないで、」 呼吸がどんどん荒くなっていく。過呼吸になりそうだ。涙が勝手に溢れていく。罵倒されるのが怖い。軽蔑されるのが怖い。嫌われるのが怖い。けど、それを拒む資格は俺にはない。 静かな部屋に、俺の嗚咽だけが響き渡る。荒北くんはこんな俺を見て、何を感じているんだろう。何を考えているんだろう。今の俺には何もわからない。 不意に、体に何かを掛けられた。驚いて顔を上げると、それは荒北くんが着ていたカッターシャツだった。 「っ、なん、で」 「立てるか?」 「荒北くん、」 「…無理か。じっとしてろよ」 「!?」 このままでは荒北くんの服が汚れてしまう。混乱している頭のまま慌てて服を剥がそうとしたら、あっという間にそのまま抱き上げられてしまった。なんだ、なんでこんなことに。困惑する俺をよそに、荒北くんは俺を抱いたまま部屋を出て走った。 「は…はな、してくれ…!」 「っせ。黙ってろ」 「このままじゃ…君も、汚れる、から」 「っせェっつってんだヨバァカ!」 「っ、」 「いいから黙ってしがみついてろこのボケナス!」 怒鳴られた。初めてだ、荒北くんに怒鳴られたの。よく俺以外の誰かに怒鳴ったり怒ったりする姿は見たことがあったけど。でもなんでだろう、なんでこんなに安心するんだろう。さっきまで震えてた体が嘘みたいに落ち着いてる。荒北くんの匂い。荒北くんの体温。荒北くんの声。 また助けてくれるのか?まだ見捨てないでいてくれるのか? 「……ろ…」 「ああ!?まだ言うかテメ…」 「ふろ、いきたい」 「……わかった」 Tシャツをきゅっと握ると、荒北くんはそれに応えるように強く抱きしめてくれた。 160404 |