月光 | ナノ




16


「……ぁ……?」

ふと目が覚めた。俺なにしてたんだっけ。頭がボーッとしてる。寝起きだから当たり前だけど。てか俺昨日いつ寝たんだっけ。寝るまでの記憶が朧気で思い出せない。

(たしか、早くに夕食済ませて、風呂入る前に話しに行って、)

話。誰と、どこで何を話した?

「っ!!」

そこまで思い出した途端、強烈な嘔吐感に襲われた。起き上がった体が痛みを訴えたけど、構わずその場に胃の中の物を全部ぶちまけた。気持ち悪い。体中が痛くて重くてだるい。頭がガンガンする。吐いた衝撃とすべてを思い出してしまったせいで視界が歪んだ。これは俺の布団じゃない。ここは俺の部屋じゃない。ベッドの下に放り出されている自分の服を見て、また吐きそうになった。

(俺、なにも着てない)

息が荒くなる。頭が真っ白になる。どこかで、本当は全部夢だったんじゃないかって思う自分がいて、でも、体中に、赤が、散らばってて、




「おはよ、なまえ」

開いたドアと一緒に飛んできた声に、体が大きく震えた。

「なに、戻したの?大丈夫かよ」

まるで何事もなかったかのように心配そうな顔をするこいつを見て、余計怖くなった。誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。どうしてそんな普通に接してくるんだ。

「さわ…な…っ」

伸びてきた腕から逃げようと、痛みを堪えて後ずさる。その時にやっと気付いた。声がほとんど出ない。驚いて喉に手をやると、雪成は至極楽しそうに笑った。

「声、出ないか。そりゃそうだよな。昨日あんなに叫んでりゃ喉も潰れる」
「ひっ、」
「嬉しかったぜ。俺、初めてだったんだけど、あんなに感じてもらえたからさ。なまえも初めてだったんだろ?なのにあんなに相性抜群なんてさあ…」

やっぱり俺たちは兄弟なんだな。そう言って見せた顔は、昨日何度も何度も見せられた、恍惚とした表情だった。身を捩って後ろへ下がったが、背中と壁がぶつかってしまう。ヤバいと思った瞬間、過半部に感じた違和感。

尻の穴から、なにかがどろりと溢れた。

「あーあー、こりゃ布団カバー交換しねえとなあ…」
「あ、ぅ、」
「どうした?そんなに震えて…ああ、寒いのか」

嘔吐物ごと掛け布団がどかされた。すっかり露になった俺の体は馬鹿みたいにガタガタ震えてる。さっき見えた腕や胸元だけじゃない。腹にも足にもくまなく広がる赤い印と歯形。

「そう逃げんなよ、あっためてやるから」

さも当然のように俺を抱き締めるこいつは、一体何を考えてるんだろう。俺たちは兄弟だ。他でもないお前がそう言った。ならどうしてこんなことをしたんだ。

「お…ま、え」
「ん?」
「…おか…し…よ…」

どうかしてる。狂ってる。

「それがお前の弟だ」

そうだ。お前は俺の弟だ。それ以上にもそれ以下にもならない。どんなに熱の篭った目で見られたってその気持ちに応えられるはずがない。

「そして流されたお前も同罪だ」

違う。流されてなんかない。俺は必死に抵抗した。たくさん拒んだ。俺の言葉を無視して無理強いしてきたお前と同罪だって?ふざけんな。

「はな、せ」
「なんだよつれねえな。こうしてればあったかいだろ?」
「…ざけ、な…」
「ふざけてねえよ…俺、決めたから」
「……は…なせ…」
「もう無駄に策士ぶるのも小細工するのもやめる。これからはこうして、素直になることにした。そっちのが手っ取り早いし」
「やめ、」
「絶対逃がさねえから。覚悟しとけよ、なまえ」

くちゅりと塞がれた唇。昨日散々したくせにまだ足りないってのか。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。胃液まみれの口内を貪ってなにが楽しいんだろう。やっぱりこいつ、頭おかしい。

「んっ…はあ……とりあえず、今日は休みだし、ゆっくりしとけよ」

どうせ動けねえだろと掛け布団を持って部屋を出てしまった雪成。誰のせいだ。本当に。

なにがどうなってこうなってしまったんだろう。

見てほしかっただけだとか、言ってた。じゃああいつがこうなってしまったのは、俺のせいなのか?俺が野球に夢中になったから悪いのか?だから雪成は、あんな、人が変わったように、ああ、じゃあ、なんだ、こうなった原因は、俺か。自業自得か。なんだ。自分のせいでこんなことになったんじゃ世話ないな。

「は…はは、」

乾いた笑いが漏れる。もう兄弟揃って誰にも合わせる顔がないな。クラスメートにも、友達にも、家族にも。最悪だ。なにもかも終わった。

「…ご…め……北く…」

せっかく俺を助けてくれたのに。もう君にも合わせる顔がない。













「なまえ!!」

聞こえた声は、幻聴だろうか。




160330

prev next