月光 | ナノ




14


『なんかあったら、すぐ俺の事呼べヨ』

最後にそう言って荒北くんは行ってしまった。俺はというと、まだ頭がぼんやりしてる。全部さらけ出して嫌われたかと思えば、逆にとんだ爆弾を持ってこられた。俺の事が好きだと。受け入れたいんだと。

逃げたければ逃げればいいって言ってたな。それはつまり、自分を逃げ場にしろってことだったんだろうか。まさかそんなことを思っていただなんて知りもしなかった。野球しか接点のなかった俺のことをどういう経緯で好いてくれるようになったのかは知らないが、信じていいのだろうか。

(キスまで、されたしな)

今さら顔が熱くなってきた。あの時は頭がぐちゃぐちゃだったから驚いただけだったけど、思い返すと心臓がうるさくなる。男同士なのになんの躊躇いもなく押し付けられたそれは、とても熱かった。でも嫌じゃなかったということは俺自身満更でもなかったってことなのかな。

逃げていいって言ってくれた。好きだって言ってくれた。そのままでいいって言ってくれた。周りも弟も見なくていいって言ってくれた。ならもう俺は、あいつの呪縛から解き放たれていいんだよな?憎んで嫌って隠すのはもうやめて、なにもかも受け入れてくれる荒北くんのそばにいればいいんだ。そうすることで、俺の本当の存在価値が生まれるなら、















「……なまえ?」

部屋の前で一人部屋主を待っていると、そいつは驚いたような声を漏らして現れた。

「……何してんの」
「会いに来た」
「!」
「…話がある。時間、いいか?」

雪成はまた驚愕した顔で俺のことを見た。そりゃそうだ。俺からこんなアクションを起こすことなんて今までなかったから。

「……とりあえず、部屋、入れよ」

俺の意図が読めないからか、どこかぎこちなさげにドアを開けた雪成。こうして面と向かって会うのは、多分、前のレース以来だ。あの時何も声をかけられなかった俺は、そのまま自ら会おうとはしなかった。それは雪成も同じだったようで、本当に久しぶりに話す気がする。

促されるまま部屋に入る。初めて入ったそこは、実家のこいつの部屋よりも片付いていた。ただ、匂いというか香りというか、それは実家と変わらない。懐かしい、雪成の匂いだ。

「…座れば?」
「いや、いい。すぐ済む話だし」

むしろ部屋でなくともいいくらいだ。その程度の話。高校に来てから見ることが多くなった不安げな表情を浮かべた雪成は、俺の次の言葉を今か今かと待っている。変な状況だな。ほんの1ヵ月前じゃ考えられない。大嫌いだった雪成の部屋で、二人きりで話をしようとしてる。

「……雪成」
「…………」
「今まで悪かった」

瞬間、ふらふらとさ迷っていた視線が素早く俺を捉えた。

「…………は……?」
「今までずっとずっと、お前のことが心底嫌いだった。でもそれは俺の身勝手な理由からくるものだったんだ。なんにもできなかった俺は、その理由をなんでもできるお前のせいにして八つ当たりしてた。野球やる前だって、ずっと心のどこかでお前が羨ましかったし、嫉妬してたんだと思う」

そんな俺の本性に気付いてたから、お前は俺の事嫌いになったんだろうな。だから中学の時、スポーツの才能が開花したお前は、実力で俺をねじ伏せにかかったんだろう。

「けど、もうそのことについて憎んだり恨んだりっていうのはやめる」
「!」
「いつまでも気にしなくていいって、お前はお前だって言ってくれた人がいるから。だからもう、元に戻ろう」

すぐにとは言わないし、お前が嫌だって言うなら強制はしない。俺のせいでこんな仲になったんだからな。

「まあ、都合がいいって言われればそれまでだけど」
「…………」
「……話はそれだけだ。邪魔し」
「いやだ」
「!」

聞こえたか細い声はたしかに否定を表す言葉だった。ドアノブに伸ばしたはずの手はいつの間にか捕まっていて、そのまま雪成の方に引かれてドアから離される。

「……嫌なら、別にいい。ただ俺はもう」
「知ってた」
「え?」
「どういう理由で俺を嫌ってるのかなんて、そんなもんとっくの昔から知ってた」

俯いているせいでこいつの表情が分からない。でも、声と手が、困惑してしまうほど震えているのが気になった。

知ってたのか。ということは、今さら態度を変えられても困るってことなのかもしれない。けれどもう俺がこいつを恨む理由はなくなってしまった。

「…元に戻りたくないならそれでいい。俺が勝手に決めたことだ」
「そうじゃない!」
「……なら、なにが」
「嫌いなら嫌え。憎いなら憎めよ。その為に俺は今までお前を蔑んでたんだ」
「!」
「なのに、なんで今さら、そんな…!」

どういうことだ。俺に嫌われるために、わざとあんな態度をとってたってのか?どうして?なんのために?意味が分からない。

やっと上げられた雪成の顔は、見たこともないくらい歪んでた。

「どれだけ頑張っても、どれだけ賞獲っても、いつの間にかお前は俺より他のもんに目がいってた。だから逆手にとって、憎まれようと思って、ここまでしてきたのに」
「…お前、何を…」
「もうそれすらやめるってのかよ。なら、次はどうすればいい。お前の望む通り元に戻れば、昔みたいないい子の雪成に戻ればいいのか?」

低く捲し立てられるままぐいぐい体を押されて、何かに躓いて後ろに倒れてしまった。気付いたらそこはもうベッドの上で、端に逃げようとしたらそのまま俺の上に覆い被さってきた雪成。なんだ。なんだなんだなんだ。何がどうなってる。雪成の言いたいことがわからない。目的が見えない。ただ、すぐそばにある弟の顔が見たことのないまったく別の人間に見えて、怖かった。

「なあ、なまえ、教えてくれよ」
「ゆ、き」
「どうしたらいい?どうしたら、お前は俺の事だけを見てくれる?」
「っ、」
「俺、もう我慢できねえよ」

唇に噛みつかれた瞬間、目の前が真っ暗になった。



160329

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