月光 | ナノ




13


俺のそばには大きな二つの太陽があった。いつも眩しくて、暖かくて、大好きだった太陽。手を伸ばせば届く距離にあったそれら二つから離れたのは俺の方だ。あのままそばに居続けたら、焼け焦げてしまいそうだったから。




「……逃げた?」
「ああ、そうだ。逃げた。こないだ荒北くんも言ってただろ?俺が弟を嫌ってるって話。事実だよ。俺は雪成が嫌いだ」
「…………」
「そうやって雪成を嫌って憎むことで、自分を守ってた」

雪成のせいで野球を続けられなくなった。雪成のせいで居場所がなくなった。雪成のせいで自信をなくした。雪成のせいで人生が狂った。雪成のせいで家にいるのが嫌になった。雪成のせいで、雪成のせいで、雪成のせいでって、そうやって全部全部雪成のせいにして逃げてた。

「ほんと、俺、最低なんだ。何でもできる雪成が眩しくて、嫉妬して、悪いこと全部あいつのせいにしてた。事あるごとにあいつのせいにして、自分の事守ってたんだ」

「野球もそうやってやめたんだ。雪成のせいで活躍できなくなる。雪成のせいで俺の顔が丸潰れだ。そう言いくるめてやめた」

「あいつは元々俺の事嫌ってたみたいだし、ちょうどよかったんだ。そう思って、ずっとずっと、あいつを嫌って憎んで過ごしてた。馬鹿だよな、悪いのは努力しようとしなかった自分なのに。俺、ずっと逃げてるんだ」

情けなさすぎて笑いさえ込み上げてくる。荒北くんは何も言わない。ああ、これで今度こそ軽蔑されたなあと他人事のように思った。

「…俺が野球をやめたのは、そういう理由。荒北くんと違って真っ当でもなんでもない、くだらない理由なんだ」
「…………」
「自分でも嫌になるよ、こんな自分が。でも今さら戻れないし、立ち向かう気もない。これからもずっと、だらしなく逃げ続けて」
「だらしなくなんかねえヨ」
「……え?」
「いいじゃねえか、別に。それがオメーなんだろ?なまえっつー人間なんだろ?」

やっと言葉を漏らした荒北くんの方を見ると、彼も俺の事を見ていた。その目からは軽蔑だとか怒りだとか、そういう感情は読み取れない。

「逃げたけりゃいくらでも逃げりゃいい。嫌なら立ち向かう必要なんかねえ。オメーはオメーだろ」
「…………」
「話聞いてたら、オメー弟の事気にしすぎなんだヨ。あいつはあいつ、オメーはオメーだ。最低だとか馬鹿だとか、他人から言われたのか?違うんだろ?」
「……けど今の話を聞いて、少なからずそう思っただろう?」
「思ってねえ」
「嘘だ」
「なんで嘘つかなきゃいけねーんだよ」
「みんな、最後には雪成を選ぶんだ。出来のいい方を選ぶんだ。俺は、出来損ないだから」
「…それは今まで会ってきた奴らの話だろ」
「……君は違うって言いたいのか?」
「違う」

なんだそれ。なんでそんな、真っ直ぐな目で俺見る?俺の何を見ようとしてる?俺は君が思うよりずっと馬鹿で弱くて自分の事しか考えてない、クズが服着たような人間なのに。こんな俺だから、雪成ともこんな関係になってしまったのに。

「だって俺は、」
「っ、荒北く…」
「お前がそうやって卑下して否定して嫌ってる部分も全部含めてお前のことが好きだから」

重ねられた手がこんなにも熱いのはどうしてだろう。

「……す、きって、」
「ずっと好きだった。中学の時から、ずっと。嘘じゃねえ」
「なんで」
「俺には無えもん持ってたから」
「…それこそ、嘘だ。俺は君や雪成より野球の実力もセンスも何もかも劣ってる」
「野球だけじゃねーよバァカ」
「……でも、」
「でももくそもあるか」

言葉が次から次へとへし折られていく。ずっと俺の本心をひた隠しにしていた憎悪の壁が崩れていく。崩れて崩れて、それはいつの間にか涙に変わって勝手に両目から溢れていった。

荒北くんの優しい声が、目が、手が、すべてが、どうしようもなく熱くて熱くて仕方なかった。やっぱり彼は太陽だったんだ。このまま彼に寄り添ってしまえば俺はきっと焼き尽くされてしまう。それでも突き飛ばせないのは、俺がずっとずっと欲しかった言葉をくれたから。

見て欲しかった。受け入れて欲しかった。選んで欲しかった。雪成じゃなくて、俺を。誰でもいいから。ずっとそう願ってたんだ。

「……もう周りなんか、弟なんか気にすんな。見なくていい。全部全部、俺が包み隠してやるから、もう俺の前では自分の事隠そうとすんなよ」
「…………」
「俺はお前のこと全部知りたい。まるごと全部受け入れてやりたい。たとえ他の誰かが、お前自身がお前を嫌ったって、俺だけは絶対にお前から離れない。たとえ世界中の人間っつー人間が弟の事見るっつったって、俺だけはお前の事見てるから」
「…あ…らきた、くん…」
「大丈夫だ、心配すんな。俺だけはお前の味方だから。命賭けてやんヨ」

だからもう俺の事だけ見てろ。

そうして初めてしたキスは、馬鹿みたいに流れ続けていた自分の涙の味がした。





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