月光 | ナノ




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昼休み前の授業が終わった。最近それを知らせるチャイムを聞いても憂鬱だと感じなくなったのは、雪成がやって来ることが少なくなったからだろう。むしろあの夜からは会うこと自体減っていった。喜ばしいことのはずなのに、どうしてか気になるのは、やっぱりあいつの様子のせいだろう。たしかに憂鬱に思う時間は減ったけど、その分気にかけてしまう時間が増えた気がする。今までみたいに関係ないと言ってしまえばそれで終わりだけど、そう思えないのは心のどこかで期待してるからだろうか。あいつが改心して昔みたいに戻れるんじゃないかって。

だけどそれは、俺の唯一の逃げ場だった憎悪って感情がなくなってしまうことと同義だ。もし本当にこのまま和解してしまったら、その時俺はどうなるんだろう。考えただけで頭が痛くなる。

(やっぱり元通りになんてならない方が、)

「なまえ」
「!」
「一緒に昼飯食わねえ?」

財布片手に現れた荒北くん。突然の声に少し驚いたけど、軽く笑い返して頷いた。










「オメーと昼飯とかすげえ久しぶりだな」
「多分二年に上がってからは初めてだと思うよ」
「ハッ、そんなにかヨ」

たどり着いた屋上には誰もいない。というのも、先客はいたのだが荒北くんを見てそそくさと出ていってしまったのだ。特に気にすることなく座り込んでパンの袋を開けた荒北くんの隣に、同じように腰を下ろした。

一年の頃の、たしか二学期辺りか。その頃からほとんど毎日一緒に過ごしていたと思う。クラスが同じだったということもあるけど、人付き合いが苦手な俺は友人と呼べる相手が荒北くんくらいしかいなかったから、必然的にそうなってしまった。荒北くんも恐らくそうなんだろう。中学の頃から知っているし、何より彼の隣は心地よかった。気難しいことを考えず、ただそばにいて他愛もない話をするだけでよかったから。

二年に上がってからは雪成と食べることがほとんどだったが、最近はそうではなくなってきた。違うクラスである荒北くんをわざわざ誘いに行くのもなあと思い一人飯が増えていたのだが、今日誘ってもらえたということは、俺からも誘っていいということなのだろうか。でも、このところ荒北くんと会うことに妙に気まずさを感じる。あいつが関わってからずっと。今だってそうだ。何を話せばいいのかわからない。そういえばあのレースでのあの言葉。やっぱり彼は俺があいつを嫌っていることに気付いていた。周りが散々仲良し兄弟だと錯覚している中、荒北くんだけが真実を知っている。ひた隠しにしたいわけではないが、大っぴらにしたいわけでもない。彼は俺たちの仲を知って、どう思ったのだろうか。

「……荒北く」
「オメーなんで野球やめたんだよ」

最近よく言葉を遮られるなあ、なんて、どこかでぼんやり思った。

「………野球、か…」
「オメーほどの腕がありゃ、続けてると思ったのに」
「荒北くんは、怪我だって言ってたっけ」
「おー」

彼と最後に野球の話をしたのはいつだったか。その時は荒北くんの話しか聞かなかった気がする。俺の方は適当に流したんだっけ。だからってまさかこのタイミングで聞かれるだなんて思わなかった。

荒北くんは俺ではなくどこか遠くを見ていた。軽い気持ちで聞くつもりだから深く考えないで全部話せってか。

「……俺は、」

わかったよ。もう、全部全部話してやる。俺があいつとの和解を一瞬でも考えてしまった時点で、もう俺の逃げ場なんてなくなってしまったんだから。

「俺はな、逃げただけなんだよ」




160322

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