死ねっつったら喜んで死にそうで怖いわ


あの人のあの言葉が気に入らなくて、あの態度が気に入らなくて、あの目が気に入らなくて、ただひたすらペダルを回した。ふざけんな、今に見てろ、あんたなんかすぐに越えてやるって。

けど、それでも勝てなかった。口先だけの偉そうな先輩だと思ってたのにそうじゃなかった。それにまた腹が立つ。やっぱりお前なんかそんなもんなんだって言われた気がした。一年なんだからしょうがないって言う同期や他の先輩たちの言葉も感に障るくらいだった。そんな言い訳して逃げたくない。絶対に勝ってやる。そう思って、その日もがむしゃらにペダルを回してたんだ。

(きっつ…!!)

ギリギリまで追い込みすぎたのか、視界が白く狭くなってきた。ヤバイと思って止まった瞬間、そのままクォータごと倒れてしまった。いたい。どこら辺だここ。ちょっと息整えねえと…

その時だった。俺たちが運命の出会いを果たしたのは。


「……大丈夫かよお前」
「!」

頭上から飛んできたのは心配したような呆れたような、そんな声。ゆるゆると顔を上げてみたらそこには知らない男が立っていた。けど、制服を見る限り箱根学園の生徒なんだってことはわかる。大丈夫かよって、どんな目してんだよ見たら分かるだろ大丈夫なわけねーだろ。しかしつっこむ気力は元より喋ることすらままならない。別に助けてほしいなんて思ってないからそんな怪訝な顔するくらいなら早く行ってほしい。もう少ししたら自力で立ち上がれるし。

そんなことを考えていたら、不意に男が屈み込んできた。じーっと俺の顔を見て、何かを考えたあと、一言。

「しょうがねえなあ…ほんとは俺のなんだけどやるよ」

カバンから出してきたのは、一本のスポーツドリンク。

「……ぇ、」
「あー、心配しなくても買ったばっかだから口つけてねーよ。お前多分だけどチャリ部だろ?俺のつれにもいてさあ、毎日ダリーダリー言ってっから相当きついんだろうなそれ」
「あ…あの…」
「必死になんのもいいけどあんま無理すんなよ。そんなアホみたいに無茶ばっかしてたら過労死するぞかろーし」

慌てて体を起こしたが、男はじゃーなと言ってさっさと行ってしまった。なんだ、あの人。同期か先輩か。どっちでもいいけど、なんにも知らねえ赤の他人に無理すんなよとか言われても、余計なお世話でしかない。

そう思うのに、あの声が耳にこびりついて離れなかった。呆れたような笑顔が瞼に焼き付いて消えなかった。どこか刺々しい物言いなのにうっすら見え隠れしてた優しさとか、馬鹿にしたような呆れたような、それでも確かに心配してくれてるような顔とか。あんなに自転車のことばっか考えてたはずなのに、あんなに勝つことだけを考えてたはずなのに、あの一瞬であの人でいっぱいになった。名前は、学年は、クラスは、寮生なのか、部活は何かしてるのか、とにかくあの人のことを知りたくなって、すぐに見つけ出して、たくさん知って、もっと気になりだして、気付いたら呆気なく夢中になってた。






「……だからみょうじさんも俺に夢中になってるはずなのにおかしい」
「おかしいのはお前の頭だけだ以上」
「そりゃまあたしかにあんたのことが好きすぎてちょっとおかしいのかな俺って思うことはありますけど」
「自覚あったことに驚きだけど惜しいな、ちょっとじゃないぞかなりおかしいから」
「それだけ俺の愛が大きすぎるんですねきっと」
「お前ほんとスーパーポジティブだよな」

初めて会ったあの日からもう半年は経ってるのに相変わらずつれない人だと思う。まだまだ俺のアピールが足りないからだろうか。

「なんで俺中学入った瞬間からみょうじさんに会わなかったんだろ…それだけが心残りです俺」
「しょーもなっ!お前の唯一の後悔びっくりするぐらいしょーもないな」
「だってもしその時に出会えてたらさすがに今ごろはもう結ばれてあんなことやこんなこと出来てたはずなのに!」
「大声でそんな誤解しか招かない発言やめてくれる!?てかもうすぐチャイム鳴んぞ教室帰れよお前!!」
「これ以上離れたら俺寂しくて死んじゃいます」
「死ね」
「そんな一切の迷いなく言わなくても」
「安心しろせめてもの情けとして一回くらいは墓参り行ってやるよ」
「!!」
「なんで嬉しそうな顔してんの…?」

お前もうほんと手遅れだないろいろ…なんて言うみょうじさんだけど、こうなったのは全部全部あんたのせいなんだからさっさと責任とって俺のものになってくれればいいのに。





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