あいつのせいで騒がしい日常の方が好きかも


昼休み終了のチャイムが鳴ったにも関わらず走り続ける黒田。慌ただしく階段を上っていった先にあるのは屋上だけだ。扉を乱暴に開けてそのまま屋上に突っ込んでいくこいつは一体今何を考えてるんだろうか。さっきの桜ちゃんとのやり取りを見て嫉妬したとか?ちゃんと俺と正面から向き合って話がしたいとか?正式な謝罪と称して土下座くらいしてくれるんならこっちもきちんと話してやらねーでもないけど。つーか今さらだけど屋上ってまたベタだな。

久々に会う黒田に対してなんら驚くことなく、むしろ冷静にそんなことを考えていた。心のどこかでいつか必ずこいつは顔見せに来るっていう自信があったからだ。根拠もなにもねえ自信が。やがてフェンスの前までたどり着いて、ようやくその足を止めた。黒田はこちらを見ない。さあどう来る。俺からは一切喋らねえぞ。まず最初の一言が謝罪だったならおれもちゃんと向き合ってやる。けど、それ以外ならずっとこのままだ。

「………みょうじさん」
「!」
「すみません、俺…」
「…………く」
「せっかく我慢してたのに」

ろだ、と発した声は遮られてしまった。気付けば立ち位置が逆になっていて、それに気付いたのは背中がフェンスに強打したからだ。ガシャンという大きな音と突然の衝撃にも驚いたけど、それ以上にびっくりしたのは、すぐそこにある黒田の顔。

なんでこいつ、こんな真っ赤になってんの?

「おま、え」
「せっかく、あんたの姿見ないように離れてたのに、なんで見つけちまったんだろ俺…」
「は?」
「ダメだと思ったんですよ、今会ったら。落ち着くまで待とうって、思ってたのに」

それはあれだよな、お前の中にある罪悪感からくるものなんだよな?そうだよな?なら、なんでそんな顔をする?なんでそんな目で俺を見る?どちらもとても反省してましたってやつのするものじゃない。

「会ったら、顔見たら、我慢できなくなるってわかってたのに」

なんの話をしてるんだこいつは。

「……嘘だろお前…」

まさか。謝罪でも反省でもましてや作戦でもなんでもない。ただ単純に発情しちまうから距離置いてただけですってことかよ。ずっとずっと、そんなこと考えながら離れてたってことかよ。俺の顔見ただけで、そんな息荒くして顔真っ赤にして目ェ潤んじまうってのかよ。

「お前……お前さあ、」
「は、い」
「どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「…すごく、好きです。全部。いつも素っ気ないあんたも、本当は優しいあんたも、なんだかんだでちゃんと構ってくれるあんたも、たまにしか見れない笑顔も、その目が痛くなるような金髪も、鬱陶しそうに睨んでくる目も、整った高い鼻も、ピアスだらけの耳も、柔らかそうな頬っぺたも、俺より厚くて甘い唇も、俺よりちょっとだけ高い声も、細い首筋も、チラチラ見える鎖骨も、長い手足も、骨張った指も、小さいお尻も、俺が知ってるみょうじさんの全部が好きです。好きで好きで仕方ない。でもまだ足りない。もっと知りたいし、全部欲しい。一つ残らず。誰にも渡したくない。俺だけのものにしたい。ほんとなんです。俺、ほんとに、あんたのこと、好きなんだ。好きなんだよ」

男にしては少し大きなくりくりした目から溢れだした涙が、ぽたぽたとアスファルトの上に落ちていく。両手は俺を逃がすまいと強く肩を掴んでいるから拭えない。それでもその目は真っ直ぐ俺を見つめていた。

ほんとに、なんてそんなのとっくに知ってる。いつ俺がお前のその言葉を疑ったんだ。信じられないからお前の気持ちに応えられないんじゃねーんだよ俺は。

「こんなの初めてなんだよ。こんなに他人に焦がれたことなんてない。どうしたらいいのかわかんねえ。らしさなんてもうとっくに捨てた。あんたが望むなら何捧げたって構わない。だからくれよ、全部全部全部。俺にくれよ。好きなんだ、みょうじさん、好き、好き」

額と鼻が擦れ合ってくすぐったい。それ以上に背中や腰辺りがこそばゆいのは、紛れもないこいつのせい。いつのまにか肩から頬に移動してきていた手は、微かに震えてる。

「俺のこと見て。俺に触れて。俺のこと、愛して」
「……愛したら、お前は俺に何をくれる?」
「…全部あげます。あんたが欲しいって言うならなんだって」
「……つまんねーな。いらねーよ、なんにも」
「っ、」

冷たく吐き捨てると、わかりやすく肩を震わせた黒田。

「平和だったよ。お前が来なくなって、清々した。最高だったぜ。煩わしい奴が自ら消えてくれたってな」
「…………」
「けど、正直、すっげーつまんなかった」

ムカつくけど、お前のせいで騒がしいのが当たり前になってたんだ。急に静かにされたら気持ち悪いんだよ馬鹿黒田。

こんなことまですらすら言えちまうってことは、押して駄目なら作戦もあながち馬鹿にできないかもなあなんて思った。黒田はまた涙を流してる。俺の制服まで濡れちまうだろそろそろ泣き止め。

「はあ……わかったよ、お前の勝ちだよ」
「!」
「言っとくけど、まだ(仮)だからな!図に乗んなよ!正式に付き合うのなんてまだまだ先だからな!ちょっとでも癇に障ることしたら」
「みょうじさん!!」
「ぐえっ」

フェンスから離されたと思ったら、今度は逆に黒田の胸にダイブする形になってしまった。痛い。なんだこいつ、意外と鍛えてんだ、さすがチャリ部。

「俺、俺、ほんとに、絶対、幸せにしますから!みょうじさんのこと!」
「当たり前だ不幸にしたら即切るからなお前」
「はい!!」

つまるところ、この救いようのない馬鹿による真っ直ぐすぎる熱烈アタックに折れてしまったのだ。まあまだ(仮)だからな!ヤバくなったらいつでもスパーンと切ってやるさ!大丈夫だ一種の気の迷いというやつだ。決して俺も好きになったとかそういうわけではない。決して。違う。うん。

「すぐ俺一色にしてあげますね」
「やれるもんならな」

(仮)とはいえとても付き合いたてのカップルの会話じゃないと思う。まあそれも俺ららしいっちゃらしいかと笑っていると、

「愛してる」

低い声で囁かれた言葉と共に、噛みつくようなキスをされた。









(これで、もう俺だけのもの)
(絶対逃がしてやんねえ)



160215