たぶん一年間の中で最もどうでもいい日


「明日黒田くんの誕生日なんだって!」
「へー、明日なんだ。ふーん…」

桜ちゃんが大変だよ!と急に教室まで来たから何事かと思えばそれ誰得情報だよ……とは言えないので無理矢理作った笑顔で誤魔化す。世界一どうでもいいイベントだなそれ。メールで聞き出したのだろうか。

「なにかプレゼントでも渡したら?」
「もちろんそのつもりなんだけど、何にすればいいかなあって…みょうじくんに相談しに来たの」
「え」

うっわそこ相談しに来ちゃうか。なぜに俺なのか。いや、そりゃまあ俺の方から相談してね〜とか応援してるから〜とか言っちゃったけど、そういうプレゼントは自分で考えて渡した方が喜ぶんじゃねーか?あいつだってわざわざ誕生日に女子からプレゼント貰えたらそれだけで嬉しいだろ。女の子慣れしてそうにないからちょっとどもりながらあ、あざす、とか言いそう。ウケる。

しかし相談しに来たのなら仕方ない。プレゼントねえ。ほんとになにあげても喜びそうだけど…

「んー……あいつチャリ部だし、自転車関係のものとか、そういうキーホルダーとかあげたら喜ぶんじゃないかな」
「キーホルダーかあ。付けてくれるかな?」
「律儀そうだし付けるんじゃない?まあなにあげても喜んでくれると思うよ。俺なら誕生日祝ってくれるだけで嬉しいし」
「そっか……私、頑張ってみる!」
「おう、その意気その意気」

桜ちゃん可愛いから大丈夫だって、と頭を撫でてみた。恋する乙女はみな平等に可愛いんだから恋の力ってスゲーなあって思う。言わなくてもわかると思うが一応言っておくとこれに当てはまるのは女の子だけだからな。

(つか、俺も早くしねーと)

結局あの日の電話以降も馬鹿黒田との馬鹿なやり取りは続いている。タイミングが掴めない。ズバッと言えれば楽なのに気が付けば奴のペースに流されてしまっている。オメーほんとに大丈夫かよと荒北に再度心配されたのはつい二日前のことだ。今日こそは、今日こそはと思うのに。女の子相手だって切ろうと思えばすぐ切れるくらいには口も上手かったはずなのに上手くいかない。らしくなくてイライラする。










「うーわもうこんな時間かよ…」

俺としたことが久々に課題相手に手を焼いてしまった。気付けば始めてからもう三時間以上が経とうとしていた。内容が内容なので多少長引くことは覚悟してたけど……まあそれでも終わらせたけどな!俺マジ天才!荒北には無理な芸当だおちょくり写メ送ってから寝よう。

風呂も飯も済ませてて良かったぜ、とケータイを開いた瞬間、素晴らしいタイミングで着信画面に切り替わったので焦って通話ボタンを押してしまった俺は本当に運がないと思う。

「はい、みょうじだけ」
『みょうじさん今日俺誕生日!』
「っ……おま、声…!」

思わずケータイから耳を離す。よりによって黒田かよと思いながら画面の右上を見ると0時丁度だった。そういや桜ちゃんが明日誕生日だっつってたっけ。普通逆じゃないの?こういうのって祝う側が0時丁度に電話なりメールなりでサプライズするもんなんじゃないの?なんでそっちからかけてきてんの?俺がおかしいの?まあこちとらそんなサプライズしてあげるつもりなんてゴミ屑ほどもなかったけどな?

ブチるかキレるか迷っている間にも黒田からのマシンガン口撃は止まらない。こいつ俺が全部ちゃんと聞いてると思ってんのかな。

「……あのさあ黒田」
『今日たん…え!はい!なんスか!』
「ずっと言おう言おうと思ってたんだけどな、」

少しトーンを変えると、さっきまでベラベラ喋ってたのが嘘みたいに静まり返った電話の向こう。もうこのまま言っちまおう。全部。なかったことにしてもらおう。自分勝手なのはお互い様だよな?

「俺……あ?黒田?」

静まり返ったと思っていた電話の向こうが、急に騒がしくなった。ドタンだかバタンだかって音と、風を切る音と、なんか誰かの怒号も遠くに聞こえる。

「……おい、黒田…?」

黒田は答えない。まさか、と嫌な予感が頭を過ったが、徐々に近づく足音と見回りらしき男の怒鳴り声を聞いてそれはもう予感ではなくなってしまった。

「みょうじさん!!」
「……にしてんだよお前…」
「俺です!開けてください!」

いつのまにか電話は切れていた。代わりにドアの向こうから、電話越しよりも鮮明な黒田の声が聞こえてくる。ついでに見回りの声も。

乱暴にドアを開けると、そこにはなぜか顔を真っ赤にした黒田と、黒田の肩を掴んで帰らせようとしている見回り。スゲーなこいつびくともしてねーじゃん。つか黒田もそうだけどお前もうるせーよ時間考えろよ近所迷惑だし。

「はあ……すんません、こいつは俺が責任持って帰らせるんで。お疲れさまです」
「みょうじの部屋だったか……なら頼んだぞ。まったくこんな夜中に何を考えてるんだ…!」

ぶつぶつ言いながら帰っていった見回りにもう一度ため息を吐いた。頭を掻きながら鬱陶しそうに元凶を睨み付けてはみたものの、相変わらずその顔は赤くて、何かを期待したような表情を浮かべている。お前まさかとんでもない勘違いしてるんじゃねえだろうな。

「あんな、声で、話すから」
「!」
「だ、大事な話なんだろうって、思ったら、もう、走ってて」

息を整えながら話す黒田はやっぱりとんだ勘違いをしている。大事な話には変わりないけど、お前の思ってるようなものとは真逆の話なのに。

「直接聞きに、来ました」

そんな真っ赤な顔されたって、そんな熱っぽい目で見られたって、お前の望む答えなんて返してやれないのに。お前、ほんっと馬鹿だよなあ。

「……別に、大したことじゃねーよ」
「えっ」
「誕生日おめでと」

それだけ告げて、ドアを閉めた。全部全部吐き出してやろうと思ったのに、なんかあいつの顔見たら言う気が失せてしまった。あまりに馬鹿みてーな勘違いしてたから呆れて言えなかったんだろう。そうだよな、俺。

「ありがとうございます」

ドアに遮られてくぐもって聞こえる声は確かに嬉しさを含んでいて、明らかに浮かれていたようだった。

「おやすみなさい。また明日」

なんだよ、これじゃあただ逃げてるだけだ。本当に馬鹿なのは、いつでも真っ直ぐに好きだって気持ちをぶつけてくるあいつじゃなくて、いつまでもズルズル引きずって何も言えない俺の方なのかもしれない。




160211