縁切りなんて願ったり叶ったりだし


「ほっ、ほんとにいいの…!?」
「いいっていいって。あいつからも許可とってるし、連絡してあげな」
「うわあ…ありがとう、みょうじくん!」
「どういたしまして。なんかあったらすぐ相談しなよ?応援してるからさ」
「うん!ほんっとにありがとう!」

頬を染めた桜ちゃんはそう言ってクラスから出ていってしまった。それをにこやかに見送り席に戻ろうとしたが、なにやら面白くなさそうな顔をしたブサ…じゃなかった口が滑った。失礼。なにやら面白くなさそうな顔をした荒北が俺を見つめている。なんだその顔僻みか?俺への僻みだってんならお門違いだ黒田を僻め黒田を。

「黒田のこと好きな子じゃねーか」
「そうそう。メアド教えてほしいってさ」
「ハッ。それくらい本人に直接聞きゃいいのに」
「恥ずかしいんだよそれくらいの乙女心さえ分かってないとかそりゃ彼女出来ねえわけだわお前」
「そうかそんなに顔の形変えてほしかったのかオメー」

バキボキと指を鳴らしながら俺を睨み付けている荒北をスルーしつつ、先ほども赤外線を行うために開いたらケータイを見る。黒田の連絡先はもちろんのこと、相談用にと俺の連絡先も聞かれたので教えてやったのである。早速メールが来ていて、つらつらとお礼の言葉が並べられていたそれに当たり障りのないよう返事をしておいた。

自分で言うのもなんだが完全に俺一筋なあいつの矢印を桜ちゃんの方へ向けるのはかなり至難の技だろう。だがしかし俺は諦めねえ。やり遂げてみせるぜ。あいつのせいでもう半年くらい彼女出来てない気がする寂しすぎる辛い。女の子といちゃいちゃしたいしいろいろ溜まるもんも溜まってるんだ。一刻も早くあの厄介な物件をどうにかしねえと。

「……オメーさあ、」
「あ?」
「本当にいいのかヨ」
「なにが?桜ちゃんと黒田のこと?いいもなにも、くっつけることによって良いことしか生まれないのにこれを協力しないバカがどこにいるってんだよ」
「……ま、俺には関係ねえかァ」
「はあ…?」

なんだか気になるような言い回し。なんのことだ。こいつの言いたいことが本当にわからない。荒北のくせに含みのあるような言い方しやがって荒北のくせに。

「オメーが自分のためにあの二人くっつけてえっつーなら好きにしろよ」
「……だからそうするんだって」
「けど分かってんよなァ?あいつがどんだけ本気か」
「!」
「ちょっとやそっとじゃきっと何にも変わんねーぞ。オメーも本気で行かねえと納得なんざしねえだろうし、その魂胆があいつ本人にバレてみろ、それこそ倍返しが待ってる。それに普段はそう見せねえし一定のラインは越えないようにしてっけど、あいつそろそろやべえぞ」

やばい、というと

「……近いうちにきっちりケジメつけとけよ。オメーもなんだかんだで甘ェんだヨあいつに」
「あ、甘いってどこら辺がだよ…むしろ真逆のつもりなんだけど。激辛塩対応のつもりなんだけど」
「今までほんっとーに本気で拒絶したことあるかァ?」
「え」
「本気でやめろって、もう来るなって、諦めろって、嫌いだって、言ったことあんのかよ。いつも蔑ろにして適当に返してただけだろ?だからあいつも諦めるつもりなんてねーし、いつか絶対落とせる気でいんだよ」

荒北の言葉にすぐ反論できない自分自身にひどく驚いた。まったくその通りだったからだ。たしかに、いつもなんだかんだ適当に流してやり過ごしたりしてた。さっき荒北も言ってたようにアピールはしてくるけどそれ以上のことは決してせがんでこなかったし、無理強いだってしてこなかった。ただただ好きだのなんだのっていう告白だとか、無駄に近い距離感が気になるだけで、今思えばそれ以外は普通だしまともなんだよなあいつ。俺への態度が変なだけで。

荒北が言う俺があいつに甘いっていうのは、甘く見すぎてるってことか。

(けどあんな一年坊主一人、どうとでもなるし)

お前こそ俺のこと甘く見すぎだろ、と荒北を見た。真面目な顔は変わらない。やめろよそれ、なんか調子狂う。

「…いやいや、大袈裟だよ。大丈夫だって。俺だって男だぞ?なめすぎだろお前」
「オメーのこと思って言ってんだよ」
「それが大袈裟なんだって。つか荒北に心配される日が来るとは思わなかったぜ。キモすぎて吐きそう」
「みょうじ」
「…………なに」
「伝えんなら早めに伝えとけヨ。放っといたら手遅れんなる」
「……わかってるよ。きっちり渡してきてやるよ、引導ってやつ」

タイミングよくチャイムが鳴ったので、それぞれの席へと戻った。わかってる。皆まで言うな。次会ったらちゃんと正式に伝えてやるよ、お前なんか眼中にないって。興味ないって。これっぽっちも好きじゃねえしこれから先そういう意味で好きになることなんて絶対にないってな。まあ多少傷付けちまうだろうけど仕方ねえ。俺のことなんか好きになっちまったお前が悪いんだ。俺のことなんか綺麗さっぱり忘れて、もっと可愛いあの子と付き合っちまえばいいさ。そうなるように俺も頑張らねえとな。

(けどまあ、先輩後輩としてなら今後も、)

そこまで考えた自分にまた驚いた。なんだそれ、先輩後輩ならまだ今後も関わってやるってか?どんだけ上から目線だよ。ていうかもう関わり自体完全に切っちまえばいいんだ。そんな期待持たせるようなことまで伝えたらきっとまた変な過ちを起こそうとするかもしれない。こういうとこが甘いのか俺。いつのまにか絆されてたってか。あぶねー。ほんとに早いうちに動かねえと。これ以上迷う前に、早く。



160208