無口 | ナノ


「はよォ、みょうじ」

そう言うと、分かりにくいが笑顔を返してくれるようになったみょうじに感動した。友達効果万歳。

あの日から関係性がはっきりとした俺たち。今ではたまに、ほんっとうにたまにではあるが、みょうじの方から声(紙だけど)を掛けてくれることもある。やっと進展らしい進展をしたと思う。それでも、急に声を掛けるとビクつくのは変わらねえが。

クラス替えの頃と比べるとすごい進歩だけど、最近気になることがある。

「今日は昼空いてんのかヨ」
『すみません、今日も誘われてて』
「フーン…モテモテじゃナァイ」

返ってきたメモに対してそうからかうと、漫画かよってくらい顔を真っ赤にしたみょうじ。ぶんぶんと首を横に振るけど、どうせ今日誘われたのもいつもと同じ相手だろ。完全にロックオンされてやがんなと他人事のように思った。

ていうか、やっぱりだ。また敬語。

『ごめんなさい。毎日誘ってくれてるのに』
「あー、いいヨ別に。また日が合ったら食おうぜ」

そう返すと、今度は首を上下にぶんぶんと振った。首飛んでいきそうだなこいつ。

気になる点その1。敬語。同期だぜ?しかも友達なんだろ?筆談とはいえ敬語ってどうなんだよ。なんか距離感じるっつーか、よそよそしく感じる。

「お前さァ、」
「?」
「………」

(新開とか福チャンにも敬語なワケ?)

「…やっぱいいや。今日も一日頑張ろうぜ」

適当に誤魔化すと、首をかしげたあと、ぎこちない笑顔を見せたみょうじ。

気になる点その2。笑顔。廊下に立たされたあの時に見せた笑顔は俺が美化させ過ぎただけなのかってくらいに、あれ以来見ていない。わざとなのか無意識なのか、普段見せる笑顔と言えば、今みたいにぎこちなかったり困ったような笑顔だったりと、なんとなくスッキリしないやつだ。あの時の笑顔はなんだったんだと聞きたくなったが、やめた。また困らせるだけだろうし、なんか俺があの笑顔見たいみたいで気持ち悪ィから。

“仲良くなる”という目標には一歩ずつ近付いている気はするが、そこまでの距離が途方もなく遠く感じた。けど決めたのは自分だ。今までみたいに地道にやっていくしかねえ。









「ねえみょうじくん!」
「次の教室さ、私たちも一緒に行っていい?」

遠くでクラスメートの声が聞こえる。まーた女子に絡まれてんのかあいつ。いいねえいいねえモテる男は辛いってかァ?まあどっかのカチューシャみてえに自慢したり言いふらしたりしねえ分マシだけど。

しかし眠い。眠すぎる。てかほとんど寝てんだけど。昼飯食ったあとってなんでこんな眠いんだろ。これであと布団と枕あったら最高なんだけどなァ。もう部活始まるまでこのまま寝ときてえなァ。

やべ、またガチ寝しそう……と思った瞬間体を揺すらされた。

「…んん……っ」

それが鬱陶しいので低く唸る。せっかくいい気分だったのに邪魔すんじゃねえよ。

体に触れていた手は一瞬離れたが、またしつこく俺の体を揺すってきた。ああああああああああああめんどくせえなあもう!!

「…んっだヨしつけえなコラァ!!人がせっかくいい気分で寝、て、」

思いっきり体を起こしそのまま叫んだ。同時に鳴り響いたチャイム。そして目の前には、ビビったのか半泣きになったみょうじの顔。

「…………ごっ…ゴメンネェ大声出して…お、怒ってねえから泣くなヨ、なあ、」

慌てて俺は怖くないからネアピールをする。みょうじはふるふると首を横に振った。次いで見せられたメモには「大丈夫」の文字。いつでも使えるシリーズだな。けどそのわりにはまだ涙目じゃねえかチクショウ!

なにか、なにか話題を…そういやなんで俺のことわざわざ起こしにきたんだ?なんか用事か?つかさっきチャイム…あれ、誰もいねえ。授業は?

「…ゲッ、最悪…次移動だったのかヨ…」
「………」
「……え、ちょっと待って。みょうじお前、なんで行ってねえの…?」

もしかして、なんて期待しちまう。尋ねると、みょうじはさらさらと返事を机に書いた。

『荒北くんと一緒に行こうと思ってたんです』

文章の意味を理解するのに時間がかかった。理解した瞬間、急に恥ずかしくなって。

「っ、な、なんだヨそれ意味わかんね…!」

嬉しいのに口が勝手にそう叫んでた。叫ぶ前に見えたみょうじの顔に、あの時に見た、嬉しそうな笑顔が、

まあ例のごとく俺のせいですぐ消えてしまったが。

「ちっ、ちげえよその、怒ったんじゃなくてェ、ほらァ、なんか、う、嬉しかったんだヨほんとに!怒ってねえから!」
『大丈夫』
「ぜんっぜん大丈夫な顔してないじゃナァイ!」
『ごめんなさい!』
「もういいよその紙!使うにしてもそろそろ新しい紙作れっつーの!」

ってツッコミ入れてる場合じゃねえ!もう授業始まってんだよな今。遅刻確定だけど行くだけ行っとかねえと。

「とりあえず移動すっかァ…つかみょうじ、次またおんなじことになったら、俺のことなんか放っといて先行けヨ。わかったァ?」

渋々、といった風に頷いたみょうじ。気持ちはすっげえ嬉しいけど、普段優等生なこいつを巻き込みたくねえし。教科書とノートと筆箱を片手に急いで廊下を出た。

あ、そうだ、ついでにもう一個。

「なあみょうじ、癖なのかなんなのか知んねえけどォ」
「?」
「敬語いらねえから、俺。つかヤメテ。距離感じる」
「!」
「……慣れねえならいいけどさァ、出来るだけ使うなヨ…と…友達だろォ…?」

自分で言っときながらマジで恥ずかしい。けど、こいつはまたさっきみたいに嬉しそうに笑って、力一杯頷いてくれた。




(ああ、まただ、また目が離せなくなる)



160113

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