無口 | ナノ


「みょうじ」
「!」
「あー……これ、間違えて買っちまったから、やるヨ」
「!?」

好みがわかんねえから適当に買ったジュースを出来るだけ優しく机に置くと、ギョッとした顔をされた。なんでだよタダでジュースくれてやるっつってんだぞ喜ぶとこだろそこ。しかしあたふたとジュースと俺を交互に見た後、ペコリと頭を下げてきたのでまあよしとする。

(怒らない、優しくする、怒らない、優しくする…)

頭の中で呪文のように繰り返す。なんだ俺もやればできるじゃねーかと自分を褒めてやった。ひょっとするとこの調子でいけばすぐ距離縮められるんじゃナァイ?



「みょうじ、次の教室一緒に行こうぜ」

次の日、出来るだけ優しくそう声をかけた。やっぱりあたふたしだしたみょうじだったけど、逃げることはなく恐る恐る俺の後ろを歩いてくれた。物珍しそうな顔で見てきた連中は無視だ無視。



「みょうじ、一緒に飯食おうぜ」

その次の日、出来るだけ笑顔を笑顔を…と意識しながら飯に誘ってみた。ビクビクしながらもその時はついてきたみょうじだったが、食堂で新開を見つけるやいなやそっちへ行ってしまった。あのクソデブ。



「みょうじ、ペア組もうぜ」

そのまた次の日、出来るだけ自然に体育の授業でペアに誘った。普段なら余ったやつと適当に組む俺がわざわざ自分からペアを組みにいったことにみょうじだけでなくクラスのやつもセンコーですらも驚いていたのでつい舌打ちをしてしまった。それにまたビクつかれたので最悪だった。



「みょうじ、掃除手伝ってやるヨ」

その日の放課後。まだ部活が始まるまで時間に余裕があったから、ほうき片手にそう言った。けど、

「…あ?なんだよ嫌なのかよ」
「!」
「あっ、いや、違くてェ、その、怒ってんじゃねーけどォ…」

困ったように首を横に振ったみょうじにそう言うと、ビクリと体を揺らした。しまったと思い慌てて弁明する。けど、なんで嫌がるんだ?大変だろうから手伝ってやろうと思っただけなのに。一人ぼっちで掃除なんか…あ?

「……他のやつらは?」
「………」
「…おい、他のやつら。どこ行った」

今日の担当別にオメーだけじゃねえだろと続けると、明らかに視線を泳がせている。

まさかとは思うが、これって…

「てめ、それただのイジメじゃねえか!!なんで素直に掃除してんだヨ!!どいつだ、ぶん殴って連れ…いやダメだそれじゃ福チャンに怒られる…!」
「………」
「……お前さあ、嫌じゃねえのかよ。押し付けられてんだぞ?断りゃいいじゃねえか。まさかそれすら怖ェってか?」

全員が全員俺みてえなやつじゃあるめえし。なんか自分で言ってて悲しくなってきた。てか、俺だって一度もサボったことねえのかって言われりゃ同罪なんだけど。

とりあえず今日サボったやつはまた後日シメるとして、これで掃除手伝ってやる口実ができた。

「あー……まあ、あれだヨ、俺はそんな薄情野郎共とは違って優しいしィ?勝手に手伝うだけだからァ、その、あんま、気にしなくていいからァ…」
「………」
「だから……あ?」

さりげなく優しいアピールをしていると、いつかのように一枚の紙を差し出された。あの時と同じ、「ごめんなさい!」の文字があって、それはあの日見た時よりもしわくちゃになってた。

「……バァカチャンが」
「っ!?」
「こういう時はごめんじゃなくて、ありがとうだろ」

いや、別にありがとうが欲しいからやってやるわけじゃねえんだけど。そう思いながら頭を掻いていると、みょうじは少し考えてから違う紙を出した。

『ありがとう』

さっきの紙よりもまだ幾分か綺麗なそれを見て、ああ、こいつはすぐに謝るタイプなんだなと思った。普段から感じてるビビりっぽい性格を考えるとそうなるのかもしれねえが。ていうかその顔、ありがとうって言う時の顔じゃねえよ。泣きそうな顔しやがって、だらしねえなァ。

「……イイヨ、別にィ」

けど、初めてもらったみょうじからの感謝の言葉に、満更でもない自分がいた。






「そうだ、靖友」
「んだヨ」
「最近、なまえのこと…」
(ゲッ、特別扱いだとか言うんじゃねえだろうなコイツ)
「いじめてるそうじゃねえか」
「べっ、別にそんなつもり……はあ!?いじめ…なんっでだヨ逆だろォ!?誰情報だヨそれェ!!」
「当人からだよ。最近荒北くんが優しくて怖いって」
「優しくて怖いってどういうことォ!?」
「何か企んでるんじゃないかって」
「失礼にもほどがあんだろ!!」

こんっなに優しくしてやってんのに全部から回りってどういうことだよ話が違うぜ福チャン…!!


(だから新開に聞けと言っただろう)


160110

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