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近くにいるとチラチラこっちを見てくる。目が合うとサッとそらされる。近付くと慌てて逃げられる。声をかけると上手く話せず困惑される。
片想いされてんのかって?まあこれが女相手なら話ははえーんだけど。残念ながら同じ男だ。しかも全部片想いだとかそんな可愛らしいものではなく俺にすっげえビビってるが故の行動。誤解のないよう言っておくが俺はあいつに何かした覚えはまったくない。する必要も理由もない。なのに一方的にビビられてる。
ほら見ろ、今日もまた隠しきれねえでかい体をなんとか屈めて新開の後ろに隠れてやがる。
「…あああああもうてめーマジでいい加減にしやがれクソノッポが!!俺がなにかしたかヨ!!ああ!?」
「っ!!!」
「靖友、単純にその態度が怖いんだと思うぜ」
「っせ!てめーは黙ってろついでにそこどけ」
みょうじなまえ。俺らと同期の背ェ高ノッポだ。普段はのぺーっとしててどこにでもいるようなやつ。大きな特徴を挙げるとすればその無駄に高い背と、断固として誰とも喋ろうとしないこと。聞けば福チャンや新開と同中らしいが、二人でさえもこいつの声を聞いたことがないらしい。よくそんなんで学校通えるなとか、生活不便しねえなと思うが、そこはもうどうでもいい。
でけーやつがいるって話は散々聞いてたし、集会だとかで体育館に集まった時に嫌でも目を引いてたから存在自体は知っていた。けどちゃんと対面したのは一年の冬頃だ。たまたま新開と一緒に昼食ってたところにたまたま居合わせた。その時に新開が誘ってきたのでたまたま機嫌のよかった俺はまあいいかと同じテーブルに座って、たまたまみょうじと向かい合わせになって、
その瞬間からだ。こいつのビクビク病は。
あ、こいつノッポ野郎じゃねえかなんて考えてた俺と目が合った瞬間、カッと目を見開いて、隣の新開に飛び付きやがった。当然イラッとした俺と驚いていた新開。ああそうかよ、こいつも俺のこと知ってたのか、どうせ俺は嫌われもんだ、とトレイを持って席を移動しようとした。
「っ!?」
それを阻止したのは他でもない、みょうじだった。慌てて俺の腕を掴んだかと思うと、そのまますごい力で無理やり席に戻された。
「ああっ!?なにすんだてめ…」
そのひょろひょろした腕のどこにそんな力があんだよ、と手をはね除けながら叫ぶと、目の前に一枚の紙を突きつけられた。
『ごめんなさい!』
小さな紙にでかでかと書かれたそれは、使い古されたように所々にシワがあった。驚いている間にそそくさと紙をしまい、トレイを持って行ってしまったみょうじ。
「……は……はあ!?な、んなんだヨ、あいつ、はあ!?」
「すまないね靖友くん。あいつ、喋れないから」
まるで挨拶でも交わすようにさらっと言われたその言葉。それにも驚いたけど、違う。俺が言いたかったのはあいつの態度だ。ビビったのはまだわかる。正直当時の俺はまだ周りに悪いイメージとか怖いイメージしか与えてなかったし、みょうじみたいなひょろい奴が怖がるのも無理はない。けど、そのくせ無理やり席に座らせるわ、代わりに自分が消えだすわ、よくわかんねえ行動をとりやがる。
俺が怖いなら放っときゃいいのに、こっちから離れてやるのに、わざわざ気を使ったのか自分から離れていきやがった。何考えてんだと思った。けど、もう関わることはねえだろうとその時はすぐに忘れたんだ。
その考えは甘かったらしい。
あの日からやたらとちらちら姿を見かけるようになったり、新開が面白がって引き合わせてきたり、寮内でも新開のせいで会うことが増えたりと、クラスも別だし部屋も離れてるのに関わる機会が増えた。それでもあいつの態度は変わらず、ビクビクしっぱなし。
最初の方は本気でイラついたし気に入らなかったが、最近は違う意味でイラついてる。もうさすがにいい加減慣れろよと。自分で言うのもなんだけど俺だいぶ丸くなっただろと。そんなにあからさまに怖がられ続けるとさすがの俺も傷付くぞと。もう3年になった。ほとんどの奴が普通に関わってきてくれるようになった。なのにこいつは変わらない。
そうしてやってきた今日、3年のクラス発表。
「おい、いいかみょうじ、覚悟しとけヨ」
新開を押し退けみょうじに詰め寄る。未だにぶるぶる震えているのは俺に至近距離で詰められてるからじゃない。クラス発表を知ったからだ。
「今年こそそのビビり病、叩き直してやんよォ」
一年間ヨロシクネェ。我ながらすごく嫌な笑顔を作れたと思う。新開のため息なんて聞こえねえな。
俺を遥か頭上から見下ろしてるくせに、その顔はなんとも情けなく怯えている。3年になってやっと同じクラスになったみょうじとの一方的な勝負が、今始まった。
(ぜってえその声出させてやる)
160109
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