よそでやれ | ナノ


記憶喪失になる:6  



「あ、雪成!」

福富くんと泉田くんが帰ってしまったあと、入れ替わるように入ってきたのは雪成だった。彼がこんな時間に病室に来るのは珍しい。いつも遅い時間に来てくれるから。

「すごいタイミングだな!ついさっき、福富くんと泉田くんが…」
「………」
「…雪成?」

なんだろう、顔が暗い気がする。そういえば昨日もおかしかったな。いつもより来るのが遅かったし、泣きそうな顔して抱きしめてきたから。

その時はただただビックリしてしまったからなにも聞けなかったけど、そのことと今の表情がなにか関係しているんだろうか。

「…なにかあったのか?俺でよかったら話聞くけど」
「……なまえさん」
「ん?」
「俺、あんたにずっと言いたかったことがあるんです」

え、と声が漏れた瞬間、頬に大きな手が添えられた。

「……大好きでした。ずっと」















『やす!!』

何日眠りこけてたのかわかんねえ。病院の先生はたしか一週間近くだとか言ってたっけか。

『何してるんだよ、おい、やす、起きろよ、おい、』

最後に聞いたのは、すがるようなあいつの声だった。はやく起きて返事してやらねえと。俺は大丈夫だっつって、オメーこそ怪我ねえかよって、頭撫でてやらねえと。

『いやだ、やす、そんな……!!』

頭ではそう思っているのに目蓋一つ動かせなくて、いつのまにかあいつの声すら聞こえなくなっていった。

せっかく守り抜けたのに、結局俺のせいで傷付けちまった。

(顔、見てえな)

どうしようもない現実を目の当たりにして、もう頭はパンク状態。何をどうしようにもこの状態じゃ一歩も動けねえ。全部忘れちまったっつーあいつの方から会いに来てくれる可能性は0。

それでも、顔が見たい。声が聞きたい。会って見て聞いてどうにかなる問題じゃねえのはわかってる。けど、







「こんにちはー…」

悔しくなってぎゅうっと閉じてた目が、その声を聞いた瞬間弾かれたように見開いた。

「あ……こ、こんにちは。荒北くん、ですか?」

なまえ。なまえだ。なんで、どうしてここにいる?

「雪な……黒田くんに教えてもらって、会いに来たんだ。君も俺と同じ箱学の人なんでしょ?」

同じ病院にいるなんてすごい偶然だね。怪我、大丈夫?あ、俺はみょうじなまえ。よかったら、話し相手になってくれないかな。


なまえが生きてる。喋ってる。笑ってる。よかった。俺、ちゃんと守れたんだな。

「黒田くんと知り合いってことは…あっ、荒北くん!?」
「……んだヨ…」
「だい、大丈夫!?どっか痛いの!?先生呼ぼうか!?」
「っせ…大丈夫だっつの」
「でも、」

黒田の野郎余計なことしやがって。帰ったら覚えてやがれと思ったけど、それ以上に嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

目の前で車に跳ねられそうになったこいつを見て頭が真っ白になって、気付いたら押し退けて道路に飛び出してた。記憶は本当になくしちまってるみたいだけど、こうやって元気に話してる姿を見れただけでもう十分だ。

ぼろぼろバカみたいに溢れる涙を乱暴に拭ったけど、それでもまだ心配そうに俺を見つめるなまえ。大丈夫だっつー代わりに震える手を無理に伸ばして頭を撫でてやった。

「……荒北、くん」
「大丈夫」
「………」
「大丈夫だから、今日はもう、帰れ」
「!」
「ちょっとしんどくなっちまったからさァ。また、今度来てくれヨ」

な?と無理矢理笑顔を作って見せた。会いに来てくれたことも心配してくれたことも嬉しいけど、このままじゃ何も知らないこいつを困らせるだけだろうし、俺はもうこいつの安否確認ができただけでも満足だ。

「……じゃあ、最後にひとつだけいいかな」
「!」
「俺たち、どういう関係だった?」

頭を撫でる手が止まった。どこか請うような眼差し。その問いの意味はなんだ。

真実を告げるべきか迷ったけど、もしそれが原因で変なショック起こされちゃたまらねえし、どうしたもんか。

「……友達だヨ、ただの」
「…そっか。わかった。じゃあまた明日会いに来るね」

お大事に。

そう言って笑ったなまえの笑顔も、さっきの俺と同じような無理に作ったような笑顔だった。なんか追い出したみてえになっちまったか。

(…ほんとに忘れちまってんだな、全部)

荒北くんって。なんのギャグだそりゃ。もうちょい余裕ありゃ爆笑もんだったんだけどなァ。俺だけじゃなくてチャリ部のやつらのことも忘れちまってるんだろ?ならあいつらのことも君付けで呼んでんのかな。それはそれで面白そうだ。

けど、おかしいな。あんなに嬉しかったはずなのに、一人になった途端言い様のない虚しさに襲われた。

多分心のどこかで期待してたんだろ。俺に会えば、思い出してくれるんじゃねえかって。









「荒北くん!!」

馬鹿みてえ、とため息を吐いたと同時に、ついさっき閉められたはずのドアがまた乱暴に開けられた。一緒に飛んできた大きな声は、追い出したばかりのなまえのものだった。

「おま、声…」
「ねえ、本当に俺たちただの友達だったのか!?」
「!」
「なんでかな、俺、違う気がするんだ。君のこと知ってる。こんなこと今までなかったのに」
「なまえ…?」
「思い出したいのに思い出せない。けど、友達だって言われても、ピンと来なかった。むしろおかしいって思った。お願いだ、本当のことを教えてくれ」
「………」
「荒北くん」
「……俺たちは、」

なんだよそれ。切羽詰まったような、そんな顔して言われたら、期待しちまうだろ、ボケナスが。

「…幼馴染みだった」
「……幼馴染み…」
「高校三年までずっと一緒だった」
「………」
「…今年の夏前に、恋人同士になった」

ぱたり。布団に何かが落ちた。

俯いていた顔を上げると、俺と同じように涙を流すなまえがいた。

「…荒北、靖友…くん…」
「……ナァニ、なまえチャン」
「やす、とも…や、す……やす…?」
「っ、」
「やす……やす、やすっ!」

飛び込んできた体をなんとか受け止めた。なんだこれ、二人して大号泣して、変なの。

ぎゅうぎゅう抱きつかれて体が悲鳴をあげてるけど、そんなの知ったこっちゃなかった。応えるように腕を回して、力の限り抱きしめる。前までは毎日のようにこうしてたのに、もう何ヵ月も何年もしてなかったみたいに感じる。懐かしい感触と温もりにまた涙が溢れた。

「やす、生きてた、やす…!」
「ハッ…死んでたまるかよ、バァカ」
「俺、ほんとに、ひっ、死んじゃったんじゃないかって、思って…俺のせいで、俺なんか庇って、こんな、うぅっ、ばか、ばかやろう、」
「ばかばかうるせえ」
「もう、二度とあんな、無茶するなよ!なあ!」
「…わかったから泣き止めヨ。鼻水つけんな」
「お前だって、泣いてるくせにぃ!」
「オメーのがかかっただけだよ」
「嘘つけ!」

やっと顔を上げたなまえはやっぱり涙やら鼻水やらで顔がぐちゃぐちゃになっていた。まあ多分俺もだろうけど。

「……このブス」
「お揃いだな!」
「っせーよボケナス」
「ボケナスって言うな!」
「…お帰り、なまえ」
「お帰り?んっ…!」

顔を引き寄せてそのままキスすると、そこはやっぱり少ししょっぱかった。よかった。帰ってきた。おかえり。嬉しい。好きだ。愛してる。全部伝えるように何度も何度も口付けた。顔面ベッタベタだなこれ。

しばらくして顔を離すと、すっかり蕩けた顔したなまえと目が合った。なんだこいつ、記憶戻った瞬間誘ってきやがって。

「…完全に誘ってんネ、その顔」
「っ、誘ってない!バカ!俺の涙を返せ!」
「なまえ」
「な、なんだよ」
「俺、不死身だから」
「はあ!?」
「だからもう余計な心配すんなヨ」
「余計なって、俺は…!」
「オメーが自分のせいで俺に怪我されんのが嫌なのと一緒で、俺も俺のせいでオメーに泣かれんのは嫌なんだよわかったァ?」

しかもそのせいで一時的とはいえ記憶喪失だなんだって訳わかんねえことになりやがって。

「もし次また俺のこと忘れてみろ、今度は窒息するまでキスしてやるからなァ」

ポカンとしてるなまえを無視してもう一度、今度は深く深くキスしてやった。





(まあもし忘れたとしても)
(またこうして思い出させてやんヨ)



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