よそでやれ | ナノ


荒北が獣化:下  



「結局見つからなかったなあ」
「まあここにいるからニャあ、俺」

はあ、とため息を吐いたなまえを見上げて呟いた。あれからかれこれ数十分。あちこち探してみたものの結局俺は見つからず、ってわけだ。まあそれもそうだろ。俺はずーっとこいつの腕の中にいたんだから。

(これ、ちゃんと元に戻るんだろうな、俺…)

最初は居心地がよくて上機嫌だったけど、時間が経つにつれて少し不安になってきた。このまま元に戻らず猫のままだったらどうしよう。しかもなまえに“だけ”姿が見えない。声も聞こえない。認知されない。

「そろそろ練習行かなきゃだしな…」

困ったように俺を見るなまえ。その目には、きっと黒猫が見つめ返しているようにしか見えてないんだろうな。

俺は、別にいい。まあ戻れるなら戻りてえに決まってるけど、絶対に無理だっつわれたら諦めざるを得ねえ。どういう経緯でこうなっちまったのかもわかんねえんだからな。けど、なまえはどうなるんだろう。

「どこほっつき歩いてるんだ、やす」

ずっと俺を見つけられず、寂しい思いをしてしまうんだろうか。不安な日々を過ごしてしまうんだろうか。それでも俺を捜し続けて、見つけられなくて、泣いてしまうんだろうか。

それは、ダメだな。すっげー困る。

「……なまえ、」

遠くを見ていた目がこちらに向けられた。どうせ猫の鳴き声にしか聞こえてねえんだろ。それならそれで逆に好都合だ。

「もしかしたら、俺はもうこのまま元に戻れねえのかもしれねえ。けど、それでも俺はちゃんとお前のそばにいるからヨ。心配すんニャ」
「…………」
「それでも不安だってんニャら、福ニャンとか新開とかに代わりに伝えてもらうからヨ、まあ、大丈夫ニャから…その…俺のせいで、泣くのだけは、やめてくれよ」

涙を拭ってやることは出来ても、もう声を掛けてやることも、抱きしめてやることも出来なくなるから。

「……そんニャことされたら俺、無力さに腹立ちすぎて死んじまうからさァ」
「………なら俺はもう泣けないな」
「おー。ニャから…あ?」
「あっ、しまった!返事しちゃった!」

……………え?

「…ちょ…え?なまえニャン?」
「くっそ〜、ビックリさせようと思って黙ってたのに…」
「……まさかオメー…今までずっと…!?」
「おう!ちゃんと聞こえてるしちゃんと見えてるぞ!」
「っ、騙しやがったニャてめえ!!」

したり顔で笑うなまえに、どうやら俺たちは全員騙されてたらしい。つーか、じゃあ、今までの全部聞いてたってことじゃねえか!

「いつもいつも俺ばっかり騙されるからさ、たまには騙してやろうと思って。大成功だな!」
「大成功じゃねえヨ…!」
「いつネタばらししようかと思ってたんだけど、唐突に真剣な話になったからついうっかり返事してしまったぞ」
「…仕方ねえニャろ。俺、このまんまじゃほんとに」
「抱き締められないって?」
「…………」
「そんなの、大丈夫だよ。代わりに俺がたくさん抱きしめてやるから!」

ほらって言葉と同時にぎゅうっと抱きしめられた。少し苦しいくらいのそれは、今までなら俺の役割だったのに。体中がなまえの体温やニオイに包まれて、嬉しいとか愛しいとかって感情でいっぱいいっぱいになる。お前も俺に抱きしめられた時、こんな風に思ってくれてたのかな。

「それにまだ諦めないよ俺は。可能性はゼロじゃないだろ?一緒に探そう、元に戻る方法」
「………なまえ…」
「まあもし戻らなかったら、その時はその時だ!それでも俺がお前のそばにいるのに変わりはないよ。嫌だって言われても、ずっと一緒にいる。だから、やすの方こそ心配するな」
「…………」
「俺はお前がどんな姿になろうと、ずっと愛してるから」

不意に体を離された。そのまま優しく唇を押し付けられた、途端、

「っ、うおおお!?」

あんなに大きく見えてたはずのなまえが、いつもの大きさになった…じゃねえ。

「も、元に、」
「戻った……」
「や…やったあ!やったなやす!ていうかキスで元通りってどんなお伽話だこれ!」
「俺が聞きてえヨそんなの…あー…マジで焦った」

抱き上げていた俺が急に元に戻ったもんだから、支えきれなかったなまえと一緒に倒れてしまった。俺はもちろんなまえも心底安心したらしい。よかったあと微笑んでいる。

「あのまんまじゃあいつらに弄られ続けてただろうからな。想像するだけでもゾッとするぜ…」
「たしかにニャンニャン言葉は可愛かったしな!」
「っせ」
「無事元に戻ったからこそ言えるけど、いい経験したなあ俺。やすのこと抱っこ出来たし、猫言葉たくさん聞けたし…まあもう二度と無理だろうけど…」
「……そんなに聞きてえならまた聞かせてやろうかァ?」
「え!」
「嘘だよバァカ」
「あいたっ!」

目をキラキラ輝かせたなまえにデコピンを一つして、ようやくその場から立ち上がった。いつまでもこんな人目の付きやすい場所で二人揃って倒れてるわけにも行かねえし、部活遅刻しちまう。

悔しそうに俺を睨むなまえの手を引っ張って起こしてやると、やすの馬鹿と言われた。ひでえ。

「馬鹿なことやってねえで、早く練習行くぞ。福チャンに怒られちまうぜ」
「ぐ、わかってるけどさあ…」
「……悪かったヨ、なまえニャン」
「!!」

あー、やっぱり俺とことん甘ェなと再認識した。まあいいか。散々だったけど嬉しいこともあったし。

さっきされたように思いきり抱きしめてやる。こいつもさっきの俺みたいに、俺のニオイでいっぱいになってればいいなァと思った。

(ありがとネ、なまえチャン)




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