よそでやれ | ナノ


荒北が獣化:上  



それはなんでもない日の部活練習前の出来事だった。

「…………む?」
「えっ」
「なっ、なんだこれはァ!?」

いつものメンバーでロッカールームに入ると、奴はそこにいたのだ。

「っせーんだヨ叫ぶニャこのカチューシャァ!!」

堂々と腕を組み、仁王立ちをして俺たちを待ち受けていたのは、不可思議な耳と尻尾を生やした荒北の姿だった。ピクピクと動くそれにも驚くが、何より全体図の変化がすごい。ベンチの上に立っているにも関わらず俺たちから見下されるほどのサイズだ。恐らく保育園児並みの大きさだが、態度やオーラはいつもの荒北と大差がない。

「かっ、カチューシャ…」
「口調といい顔つきといい…どっからどう見ても靖友…だよな…?」
「ったりめえだろボケニャスがァ」
「どうしてそんな姿になってしまったんだ」
「わっかんねえ…ここに来るまでは普通ニャったのに、気付いたらロッカーに手ェ届かニャくて焦ったニャ」
「ただの猫ではないか…」
「ただの猫だな」
「みょうじは知っているのか」
「いや、先にトイレ行ってから来るっつってたからニャ。まだこの姿にニャってからは会えてねえ」

参ったと言わんばかりに頭を掻く荒北。ロッカールームに入った途端にこうなってしまったと言うが、俺たち三人はなんの異変もない。なぜ荒北だけがこんな姿になってしまったのか。

東堂も新開も困惑しながらも、鬱陶しそうな荒北に構わず変化した姿を観察していた。トイレだということはみょうじももうじきやって来るだろう。俺たちよりもはるかに長い時間を荒北と共に過ごしているみょうじであれば、なにか解決法方を知っているかもしれない。

「ふむふむ、やはり耳も尻尾も本物なのだな」
「ニャからジロジロ見んニャっつってんだろ!!」
「どうしてもニャって言っちゃうんだな」
「俺ニャって好きで言ってんじゃねえヨ!!オメーら元の姿に戻ったら…」
「荒北、お前の恋人の名前は?」
「ハ?なまえニャン」
「ぶっ」
「ワッハハハハハ!!可愛らしいではないか荒北〜!!」
「お前はマジで殺すカチューシャごと殺す」
「まだ気になることは多々あるが、とりあえずそろそろ着替え…」
「あ、揃ってるじゃないか。ちわー!」
「チワス」
「「「「!」」」」

そうこうしているうちに、黒田と共に入ってきたみょうじ。二人の姿はいつも通りで、特に変化は起きていない。しかし俺たちに囲まれていた荒北の姿を見て、その顔はピシリと固まってしまった。

「……えっ、」
「さすがの黒田も固まるよなあ」
「良いところに来たななまえ!見ろこの姿を!」
「こ、これ…」
「どうやら本人にも何故こうなったのかわからないらしい。お前は何か知っているか?」
「ニャんで黒田となまえニャンはそのまんまニャんだヨ…」
「……か……」
「か?」
「可愛いいいいいいいいい!!」
「ぐえっ!」

目をキラキラ輝かせたかと思うと、高らかにそう叫んで荒北を抱き締めたみょうじ。

「待っ、落ち着けなまえ!!」
「可愛いかもしれねえけど力緩めてやれよ、苦しんでるぜ」
「あっ、ほんとだ!ごめんごめん」
「あ、焦ったニャ…窒息死する…」
「つーかどうしたんスかその格好…夢でも見てんのか俺」
「いーや、残念ながら本物の荒北だぞ」
「荒北?そういえばやすはどこだ?」
「「「え?」」」
「え?」

全員の声が重なったがみょうじは不思議そうにポカンとしている。どこだ、と言ったお前のその腕の中にいるのだが。

「ど、どこって、ここにいるじゃないか」
「ここって…え?」
「気付いてないのか?それ、靖友だぜ?」
「やす?いや、いやいやいや!やすは猫じゃないぞ!」
「でも完全に猫みたいになってますよ荒北さん。サイズもちっせえから分かりにくいけど」
「くろまで何を…」

三人が同様に説得しているにも関わらず、相変わらずみょうじは不思議そうに首をかしげるだけだった。明らかに話が噛み合っていない。

まさか、みょうじは…

「……みょうじ」
「なんだ、ふく」
「お前はその腕に何を抱いている」
「何って、黒猫だけど」
「なに!?く、黒猫は黒猫でもよく見ろ!荒北に耳と尻尾が生えただけだぞ!?」
「何言ってるんだ!?ただの黒猫だぞ!?」
「お、おいおいなまえニャン、それはそれでちょっとショックニャんだけどォ…」
「ほら、ニャアニャア言ってる」
「まあニャアニャアは言うけど」
「てっめ新開!!面白がってんじゃねえニャ!!」
「おお?なんかめっちゃ鳴くなこの子」
「……もしかして、なまえさん…」
「ああ、どうやらそのようだな」

苦笑いをする黒田の言葉に頷く。どうやらみょうじの目には荒北ではなくただの黒猫として映っているようだ。おまけに言葉も通じていない。

それとなくそのことを感じとった東堂は顔をひきつらせ、新開はなるほどなあと腕を組み、荒北は………ものすごく悪い顔をした。

「あっ、こ、こいつ!今すっごい悪い顔してたぞ!?」
「へ?」
「離れてくださいなまえさん!絶対悪いこと考えてる!」
「黒田そりゃどういう意味ニャコラァ」
「お前たちはさっきから何を言ってるんだ…?」
「いいから早く寄越せ!騙されるな!そいつは荒北だ!」
「だからただの猫だって……あ、わかったぞ…みんな俺の事騙そうとしてるんだろ!」
「なぜそうなる!?」
「嘘じゃないですってば!現にいま荒北さんいないじゃないですか!」
「いーやもう騙されないからな俺は!この子とやす探してくる!」
「あ!おい待てなまえ!こら!」

東堂と黒田の言葉を嘘だととらえたみょうじは、そのまま荒北を抱えてロッカールームから出ていってしまった。

「……日頃の行いだな、尽八」
「んなっ!どちらかと言えばお前の方が信用無いだろ!」
「なんでなまえさんには猫にしか見えてないんだ…?」
「…………」

何がどうなってこうなってしまったのかは未だにわからないが、

「……とりあえず」
「!」
「みょうじに任せておけば大丈夫だろう」
「その自信はどこから来るんだフクよ」
「ま、急に起こったことなんだし、戻る時も急に戻るんじゃないか?それまではなまえに預けとこうぜ」
「そんな楽観的で大丈夫なんスか…?」

大きなため息を吐いた黒田を他所に、今ごろみょうじの腕の中でご満悦であろう荒北が早々に元に戻ることを祈り、今度こそ着替えを始めた。




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