よそでやれ | ナノ


初期北再び:上  



『…オレに抱かれんのイヤなの…?』

ふと、寂しげに笑う声を思い出した。

あれは果たして本当にやすだったんだろうか。あの時は状況が状況だったし、本気で信じてたかと言われればすぐには頷けない。正直半信半疑だった。見た目はどことなく似てるし、口調も多少ねっとりとはしてたけどやすと同じだった。服装もそのままだったし。けど、雰囲気が違いすぎて、心の底からやすなんだと信じてやることが出来なかったのも確かだ。ただの夢だったのかとも思ったけど、目覚めると隣に寝ていたやすを見て、完全に夢だったとも言い切れない。一番可能性が高いのはお互いが寝惚けてたってことだ。時間が時間だったし、俺たち二人とも意識が曖昧なままあのやりとりをしていたのかもしれない。それにあれ以来あのやすを見かけることはなかったし、やす自身もわからないって言ってた。もうこのまま何もなかったかのように忘れて過ごしていくんだろう。

そう思っていた。昨夜までは。






「オハヨ、なまえチャン」
「………え、」
「だぁいすきな靖友くんからのォ、モーニングコールだヨォ」

眩い光が瞼の隙間から射し込んできた。同時に飛んできたどこかで聞いた声にうっすら目を開けた。瞬間がぶっ、と、鼻先に噛みつかれた。痛みと驚きで目を見開くと、そこにいたのは、やすだけどやすじゃない。

「っ、お、前は、」
「久し振りだネ、なまえチャン」

うっとり笑うその顔は、いつかの夜に出会った、もう一人のやすだ。

「久し振りって…あれ、やっぱり夢じゃなかったのか…!?」
「当たり前じゃナァイ。夢で終わらせるわけないデショ?」
「でも、急に朝になって、気付いたら元のやすになってたから、てっきり…」
「んー、まあ、そこはまた追々ネ。けど緊急事態だったからさァ。つい無理して出てきちゃったわけヨオレも」
「出てきた、って、」
「なかったことになんてさせないからネ?」

こんなに頭がこんがらがりそうなのは寝起きだからだろうか。いや、多分意識がしっかりしてる時に同じことを聞いてもこんがらがるに決まってる。言ってることがよくわからない。えっと、つまり、前に出てきたこのやすは夢でも見間違えでもなく実在していたもので、でもなにかしら訳があって消えてて、だけどまた出てきて、

「あー、オレがいるのに考え事してるゥ」
「んっ!」
「んふふ、余裕だネェ。朝だからって食べられないとでも思ってんのォ?」

ちゅっ、ちゅっ、と顔のあちこちにキスをしてきた。くそ、気が紛れる。えーっと?どこまで思い出してたっけ?

「つまり、んっ、その…っ、ちょ、ちょっと!やめろ!」
「ヤダ」
「んむっ、ぁ、だから、くっ、おい、」
「なまえチャンのほっぺた柔らかいネェ。食べちゃいたいなァ」
「んぐぁっ!」

キスの雨が止んだかと思えば今度は頬に軽く歯を立てられた。そっちに気を取られてた瞬間、思いっきり口に指を突っ込まれる。口内を撫でるように暴れる指は、最後に俺の舌を摘まんでから出ていった。吐きそう。

なにがなんだかわからなくてされるがままで、うっすら視界が滲んできた。それでも怒りを主張するように睨み付けると、俺の唾液で濡れた指をこれ見よがしに舐めだしたものだからビックリする。やっぱりこれはやすじゃない。こんな余裕たっぷりなエロエロ攻撃なんかしてこないもん。

「はあっ、なまえチャ…もう…可愛すぎィ…!」
「ふ、ふざ、けるな、こんな朝っぱらから…っ」
「時間なんか関係ないヨォ。いつでもどこでもドロッドロに愛してあげたいんだよオレはさァ」
「うあっ、」

無理矢理口を抉じ開けられた。胸板を押してみてもビクともしなくて、男は気にせず舌を伸ばした顔を近づけてくる。やばい、食べられる…!





「ヴッ、」
「!」

目をつぶった瞬間、口を抉じ開けていた手が離れた。つられるように目を開く。

「悪いな靖友。尽八がうるさいからさ」
「なにも自室で何をしようが咎めるつもりはないが、時と場合を考えろこのケダモノ!!朝練前に盛ろうとするな!」
「チッ、良いとこだったのに…」
「しん!ぱち!」

やすの首根っこをつかんで笑うしんと、すっごい怖い顔で怒鳴るぱち。よかった助かった、と思ったのは一瞬だった。二人はこのやすを知らない。どう説明すれば…

「あ、あのな二人共、こいつは…」
「まったく…まだなまえからの連絡が返ってこないと思えば…せめて時間を考えろ時間を!」
「へーへー」
「適当に返すな!」
「なまえ。靖友はこっちで預かっとくから、支度済まして来いよ」
「え、あ、」
「預かっとくじゃねーヨ。いい加減離せっつーのォ」
「部屋から出たら離してやるよ」

あれ、なんか、普通だ。二人とも気付いてない?でも明らかにいつもと違うのに、なんで、

「…早く来なヨォ、なまえチャン」
「!」

にやり。振り返って見せた意味深な笑顔を見て、どうやらあのやすの変化を見極められるのは俺だけらしいと悟った。

「……いつまであのままなんだろう…」

前に会った時は夜だけだったからよかったけど、今は朝だ。しかもまだ一日が始まったばかり。昨日までのやすはちゃんと戻ってくるんだろうか。それまで俺はあのやすの抱かせろ攻撃に耐えることが出来るんだろうか。恐らくあっちのやすの目的は俺を抱くことだ。ぱちの言ってた通り、せめて時間を考えてほしいけど、あっちのやすにはそういった常識が通じなさそうで怖い。というよりむしろ抱かれる覚悟が、

「…さっさと決めろってことかな」

さっさと決心しろって、吹っ切れろってことなのかな。そう思った途端、何かがずしりと胸にのし掛かってきた気がした。



160229

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