よそでやれ | ナノ


荒北が女体化:上  



(……おかしいな)

練習後、先にお風呂に入ろうってことになったので、みんなより遅れて帰った俺は脱衣場に入った。しかしやすの姿が見えない。もう浴場にいるのかと思ったけどそこにもいない。まだ来てなかったのだろうか。それなら声かけて一緒に来ればよかったな、と部屋まで戻ることにした。しかしまだ部屋にいるなら物音の一つや二つするはずなのにえらく静かだった気がする。隣同士だからちょっとした物音でもすぐに気付くから気のせいではないはず。

(練習疲れてちょっと寝ちゃったのかな)

のんきにそんなことを思いながら歩くこと数分。もうやすの部屋の前までたどり着いた。

「おーい、やすー?」

軽くノックをしながら声をかける。しかし返事はなし。あれ、出掛けてるのかな?そう思って踵を返そうとしたら、

「……なまえチャン、」
「え」
「……速攻で入って速攻でドア閉めて」

中から聞こえてきた、可愛らしい声。え、これって、まさか、女の子連れ込んだのか!?

「おま、何して……っ!?」
「っ、ドア閉めろっつったろ!」

素早く部屋に乱入した。このやろう隣でなにを堂々と浮気してるんだわめき散らしてやる!と、思ってたのに、中にいたのは見知らぬ女の子だけ。乱暴な口調のその子は俺を部屋の中まで引きずり込むと、そのままドアを思いきり閉めてしまった。

おかしい。やすがいない。よくわからなくて女の子を呆然と見つめていると、その子はそろりと振り返った。長くさらさらそうな黒髪。細長い目にはこれまた細長い睫毛がこれでもかってくらい生えていた。どこか苛立たしそうに俺を睨み付けるその子は、やっぱり知らない子だ。可愛い顔をきつく歪ませて頭をがしがし掻いてる。吐き出された舌打ちは俺へのものなのだろうか。というかまずこの子は誰なんだ。どうして女の子がこの部屋に、寮にいるんだ。そしてやすはどこへ行った。あいつがいればすべて聞き出せるのに。

「……あ、あの」
「わーってるヨ!一番意味わかんねーのは俺だからなァ!」
「(俺?)まあよくわからないし聞きたいことは山ほどあるんだけど、その、やす…あ、荒北くんはどこに?」
「名字呼びなんてやめてよなまえチャン」

つれないじゃナァイ?

自嘲するかのように笑いながらそう言った彼女。あれ、なんで俺の名前、というかその口調は、

「……………や、」
「……そーだヨ」
「…やすの、従姉妹さんかなにかですか?」
「ちげーよバァカ俺だよ!!ここまできてどんな勘違いだよそんなとこも可愛いけどォ!!」
「???」
「っ、嘘だろここまで言ってもわかんないのォ…!?」

オメーどんだけだよ…と項垂れる彼女はやはりどこからどう見てもやすの家系の人にしか見えなかった。通りで俺のことも知ってるわけだ。やすが伝えてたんだろうな。まだ俺の知らない親戚さんがいたんだなあとぼんやり考えていると、彼女はまた舌打ちを一つ。こわい。

「あの、それで、やすは?」
「それでもくそもあるか。俺がやすだヨ」
「………えーっと……靖子さんとかそういう名前ってことですか?」
「いい加減にしてなまえチャン!さすがにそろそろ勘づいてるでしょォ!?」
「えーっと…」
「ほら目ェそらしたし!」

いや、だって、そんなバカな話があるだろうか。俺がうっすら思い浮かんだことと彼女の伝えたいことが一致しているのだとしたらそれはとんでもないことだ。あり得ないことだ。夢物語みたいなことだ。

あのやすが、あの男である荒北靖友が、女の子になってしまっただなんて、そんな話、とても信じられない。

「………本当に、やすなのか?」
「そーだってさっきから言ってるじゃナァイ!つか一番意味わかんねーのも混乱してんのも理解したくねーのも受け入れたくねーのも俺なんだからネ!?」
「………初めてキスした場所は?」
「寮の下駄箱んとこ」
「相手は?」
「なまえチャン」
「俺のファーストキスの相手は?」
「俺」
「そこも即答するんだな…」
「あれはノーカンだからァ。てかそんな質問するとかなんなの?新手の嫌がらせ?思い出したくもねーから今後一切その話すんなよコラ」
「あー………やすだ」
「どこで納得してんのォ!?」

口調といいツッコミといい解答の速さといいキレ具合といい、これは、やすじゃないと言う方が難しくなってきた。最後の質問に関しては真顔でキレてた辺り確実にやすだ。でも、それなら余計にわからないことだらけだ。どうして女の子になっちゃってるんだろう。原因は?理由は?ちゃんと元に戻るのか?

「まだいろいろと信じられないけど、その…いつからそんなことになったんだ?」
「練習終わってから部屋入った瞬間意識ぶっとんで、起きたらもうなってた」
「お、おお、なんだそれ怖いな…」
「なんでこうなっちまったのかはまったくわかんねーけど、このままじゃ部屋から出られねーってのだけはわかってるヨ」
「そうだな。女の子が寮にいるだなんてだけでもびっくりだし、大騒ぎになること間違いな…」
「邪魔をするぞー」
「「!!!?」」
「おい荒北、この教科、書……」

パサリという教科書が落ちた音が、やけに大きく響いた。

「……なっ…」

まだどんな対策をとるかも、今後どうするのかも決めてないのに、よりにもよって、

「なんだ、これは……いったいどういうことだ!?」

よりによって、ぱちに見つかるなんて…!




160221

[ ]