よそでやれ | ナノ


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「やす!」
「!」

懐かしの終わりの会が終わるや否や、さっさと教室を出ていってしまったやすに驚いた。そういえばそうだった。今でこそ一緒に教室から部活へ向かって、部活が終われば一緒に帰って…というサイクルが出来ていたけど、この時期は一緒に帰ることなんてほとんどなかったと思う。ただやすの後ろを離されないように静かに歩くことでいっぱいいっぱいだった。

そうはいくかと大きな声でやすを呼び止めた。驚いて目をまん丸にしているやす。周りのみんなもそうだった。みんなやすの事情を知ってるから、腫れ物に触るみたいに距離とってたもんな。

「一緒に帰ろう!」
「はあ?……ウッゼ」

明るく明るくと思いながら声をかけたが、ツンと吐き出された言葉は冷たかった。それでもめげずに隣を歩く。やすはまた驚いていた。

「…なにしてんだよオメー」
「言ったろ?一緒に帰ろうって」
「ウゼーっつっただろボケが」
「ウザくない!一緒に帰るって言ったら帰る!」

ドスの効いた低い低い声と鋭い眼差しが、あの時は本当に怖かった。けど今の俺はそう簡単には怯まないぞ。そういう気持ちを込めて真っ直ぐ見つめ返すと、大きく舌打ちをして早歩きになった。

「帰ったらアキちゃんの散歩だろう?俺も一緒に行っていいか?」
「…………」
「今日の晩御飯はなんだろうな。また一緒に食べたいな。やすのおばさんのご飯すっごい美味しいもん」
「…………」
「……高校に入ったらさ、何する」
「っせーんだヨさっきからァ!!そんなに喋りてーなら壁とでも話してろボケナスが!」
「ボケナスじゃないし壁とも喋らない!やすと喋る!」
「っ、」

負けない。逃げない。怯まない。避けない。真っ直ぐぶつかる。あの時は怖がってごめんな。逃げてごめんな。この時からこんな風に正面から当たり続けてたら、全部受け止めようとしてたら、もっと早くに助けられてたのかな。

当時は威圧的でただただ怖かったやすが、今は行き場を失った小さな迷子みたいに見えた。先がなにも見えなくて真っ暗でどうすればいいのかもわからなくて、俺なんかよりもずっと辛くて怖かったんだ。気付けなくてごめん。本当にごめんな、やす。

「俺は、どんなにウザがられても、嫌われても、ずっと一緒にいるからな!覚悟しろ!しつこいぞ俺は!」
「……お前…」
「今は信じてもらえないかもしれないけど、大丈夫だからな!いつか必ずそこから抜け出せるから!その為に俺がそばにいるから!」

言葉と一緒に涙がぼろぼろ溢れてきた。意識がふわふわしてきた。やばい、気がする。

「俺だけじゃないぞ、この先たくさんの人が、お前を信じてくれる!助けてくれる!だからお前もその人たちのことを信じろ!俺もお前のことを信じてる!お前は絶対───」

幸せになれるから。

そこまで叫んで、ぶちりと意識が途絶えた。最後に見えたやすが泣いていたのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。あいつの泣き顔なんて見たくない。笑ってほしい。大丈夫だぞやす。みんなついてるからな。










「なまえチャーン」
「!」
「もうすぐ部活始まんヨ?」

優しく体を揺すられて、目が覚めた。顔を上げるとやすがいる。辺りを見渡すとそこはもう高校の教室風景が広がっているだけだった。授業居眠りとか珍しいネ、なんて言うやすは、笑っていた。

「……やす、」
「ナァニ?」
「いま、幸せか?」
「は?」
「……ごめん、変なこと聞いた」

行くかあ、と誤魔化すように伸びをした。なんか、すごい夢だったな。まだ当時のことを引きずってるんだろうな、俺。罪滅ぼしでもしたかったのだろうか。いくら過去へ戻ろうと、やすはやすだ。過去も未来も。俺一人の力でどうこうできる問題じゃない。

机に掛けてあった鞄を持って立ち上がる。そうか今日は五時間目までだったか。はやく部活に行かないと。

「……幸せだヨ」
「!」
「オメーが信じろっつったんだろ。やめろって言われてもずーっと信じててやるから、最後まで責任とれよなァ」

そう言って先に行ってしまったやす。今の言葉は、どういうことなんだろう。あれは夢だったんじゃなかったのか?あれ?

「やっ、やす、それってどういう…!」

慌てて教室を飛び出して、当時よりもすっかり大きくなってしまった背中を追いかけた。





160213

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