よそでやれ | ナノ


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五限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。その日はお昼ご飯を食べたあと、なんだか自分でも驚くほどとても眠くたくなって、心の中で先生に謝ってから机に俯せになって瞼を閉じた。おやすみなさい。見逃してください。









「みょうじ」
「……ん…」

ふと呼ばれた名前。しまった、ついうっかり本気寝してしまってたようだ。怒ったような男の声が……あれ?男?

(五限目って鈴木先生じゃなかったっけ)

鈴木先生は女の人だったはずだ。休みなのかな。代わりの先生かな。けどこの声は、

「…………えっ、」
「やっと起きたか…居眠りなどお前らしくないぞみょうじ。ちゃんと起きているように」
「は、はい、すいません…」

つい謝ってしまったけど、顔を上げて見えた世界に一瞬ボケッとしてしまった。なんだこれ。眠る前に見ていた景色とは全く違う世界が広がっていて驚いた。俺はまだ夢を見ているんだろうか。

目覚めた視界に広がっていたのは、中学の頃の先生と教室とクラスメート達だった。

(えっ、なにこれ、どういうこと?)

思わず辺りを見渡してみたけど、そこはやっぱり紛れもなく中学三年の頃に一年間お世話になった教室だった。窓から見える景色もそのまま。整理されてないぐっちゃぐちゃの本棚もそのまま。土色の床も、少しくすんだ天井も、隅に少し落書きしている机も、そのままだ。隣に座っているのは高木さん。前には青山くんがいる。他にも見知ったクラスメートがいて、数人こちらを見て笑っていた。怒られた俺が面白かったのだろう。先生の名前も覚えてる。坂本先生だ。たった三年前のことだ、鮮明に覚えている。みんながみんな、すべてがすべてあの頃のままだった。

起きたつもりだったのに、俺はまだ夢を見ているんだろうか。まるで中三の頃にタイムスリップしてるみたいだ。

(……あ、)

待てよ、三年の頃はやすと同じクラスだった。席は確か後ろの方で窓際の……っ

弾かれたように振り向くと、そこにはつまらなそうに頬杖をついて窓の外を眺めるやすがいた……か…可愛いいいいい!髪短いっ!顔幼いっ!三年しか変わらないのにあんな可愛い顔からあんなにかっこよくなって…

そこまで一人で考えて勝手にテンションが上がって、でも、思いだしたかのように胸が急にツキリと痛んだ。次いで黒板を見る。もう3月。進学先も決まって、あとは卒業するだけ。けど、やすは、

(俺はこの時期、なにもできなかった)

ただ側にいることかしかできなくて、俺まで離れてしまったらダメな気がして、当然のように選んだ箱根学園。やすはそこで変わることができた。今後誰と関わり何に触れて変わっていくのかすべて知っている。今は俺はもちろんやすも幸せになってくれていると思ってる。

けど、この時代のやすは違う。

(今の俺なら、変えられるかな)

もしかしたら誰かがくれたチャンスなのかもしれない。俺自身の手でやすを救えるチャンスなのかもしれない。これが夢なのかも現実なのかも曖昧でわからないまま、俺は一人決心して、もう一度やすの方を見た。一瞬目が合ったけど、すぐにそらされてしまう。でももう負けない。逃げない。絶対に俺が助けてやるから。
 




(大丈夫だからな、やす)




160210

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