よそでやれ | ナノ


合宿三日目:くろすらおかしい  



「なまえさん」

ふと名前を呼ばれて顔を上げる。そこに立っていたのはくろだった。

「おう、くろ」
「さっきはお疲れさまっス」
「さっき?」
「卓球ですよ」
「あー…ああ!卓球な!うん、お疲れ!楽しかったな」
「俺はほとんど強制的に参加させられたんスけどね」
「はは、そう言うなよ。くろのおかげで優勝できたと思ってるぞ俺は」

話しながら、俺の隣に静かに腰を下ろしたくろ。そうだ、卓球してたなそういえば。なんでこんなに意識があやふやなんだろう。くろも呆れたように笑ってる。

…あれ?心なしか、距離が近いような、

「なまえさん」
「うん?」
「…まだ俺の好きな人、荒北さんだと思ってます?」
「!」

肩がぶつかった。やっぱり、なんか近い。けどそんなの気にする余裕もないくらいの衝撃が走った。

「……まだ、ってことは、もう、諦めてくれたのか?」
「………」
「っ、あれ、ち、違うのか…?」

くろはなにも喋らない。ただじーっと俺を見つめてる。何を考えてるんだろう。どうしてそんな話をしたんだろう。せっかく人が気にしないようにしてたことなのに。ただの後輩として接したいのに。ライバルだなんて、そんなこと思いたくないのに。

「……やめよう、この話」
「どうして?」
「俺は、お前と変な争いなんてしたくない。ただの後輩として可愛がってやりたい。なのにそんな話されたら、俺…」
「俺は嫌ですよ」
「え、」
「正直もううんざりです。ただの後輩?可愛がってやりたい?冗談じゃねえ」

瞬間、地面に背中を強く打った。掴まれた肩と、打った背中が痛い。くろとの距離が、さらに近くなった。一体なにがどうなってるんだろう。くろはなにがしたいんだろう。こんなことしても、やすは振り向かないし、それどころか逆効果だぞ。

「……そうまでして、やすに構ってほしいのか」
「嘘でしょ、ここまできてまだ勘違いしてんスか」
「は?」
「もういい加減にしてくれよ」
「なに…んんっ!」

最悪だ。唇を押し付けられてしまった。すぐに体を押し返したけど、まだ体勢は変わらない。

「お、まえ、」
「………」
「自分がなにしたか、わかってんのか!?」
「あんたのせいっスよ」
「!」
「ずっとずっと勘違いされて、もう失恋したも同然だからそのままにしてたけど、やっぱり耐えられなかった」

また顔が近付いてきた。まずいと思ってるのに、金縛りにあったみたいに体が動かない。

「俺が荒北さんを好きだって?ちげえよ。俺はその話をしたあの時から、そのずっと前から、」
「く、ろ、やめ」
「あんたしか見てなかったのに」








「…あ、起きた」
「……もう読めたぞさすがに」
「大丈夫スか?拷問死した幽霊かってくらい魘されてましたよ」
「あー…ある意味拷問だったな…」
「?」

目が覚めるといつも通りだった。今日の隣はくろだったか。無実とはいえ、余計に寝覚めが悪い。

「怖い夢でも見たんですか?」
「……そうだな…怖かった」
「………」
「まあでも、夢は夢だし。大丈夫。ごめんな、起こして」
「…いえ。大丈夫ならいいっス」

おやすみなさい。そう言ってあっさり布団に入ってしまったくろ。なんだろう、ここの旅館で寝てからずっとだな、ほんとに。しかもなぜかクライマーばっかり。

(知らないうちに疲れてたのかな…)

まあ考えてもわからないんだから、俺もさっさと寝てしまおう。夢とはいえやすに申し訳なくて仕方ない。そうだ、今度はやすの夢を見れるといいなあ。

「……あれ、」

何の気なしに触れた唇が、少し湿っている気がした。





(気付いてください)
(気付かないでください)


160122

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