「なまえ」
ふと名前を呼ばれて顔を上げる。そこに立っていたのはぱちだった。
「ああ、ぱちか」
「なにをしているのだ?」
「なにを…なんだったかな…いや、別になにもしてなかった気がする」
「気がする?なんだそれは」
「ははっ、俺にもよくわからん」
ぱちに言われて何をしていたのか考えたが、答えが出てこない。何をしていたんだろう、こんな真っ白な部屋で。まずここはどこなんだろう。よくわからないけれど、ぱちがいるから怪しいところではないんだろう。
「そういうぱちこそ、何してたんだ?」
「俺か?俺は探し物をしていたのだ」
「なにか落としたのか?暇だし手伝うよ。何を探してるんだ?」
座っていた場所から立ち上がり、ぱちに尋ねる。
すると、スッと俺のことを指差した。
「……ん?俺?」
「ああ」
「俺のこと探してたのか?」
「そうだ。お前に会いたかった」
「おお…それはまた、急だな。なにか用事か?」
「いや、特に用があるというわけではないのだが」
「!」
急に座りだしたぱち。同時に俺の手首を掴んで、一緒に座らされてしまった。それだけでも驚くのに、なんとぱちの足の間に座らされている。
立てた両膝と後ろから腹に回された腕のせいで身動ぎすらままならない。なんだろう、甘えてるのか?
「どうしたぱち、らしくないぞ」
「………それは、」
「ん?」
「それは、どういう意味なんだ。俺らしいとはなんだ。お前は、俺をどういう風に見ている」
「………」
「普段お前と荒北のやり取りをつっこんだり、お前たちの仲を取り持とうとする俺が、お前の中では俺らしいと言うのか。ならばそれは撤回せねばならんな」
ぎゅう、と腕の力が強くなった。息苦しくなる。ぱちは何を言いたいんだろう。後ろから抱きしめられてる体勢になってるから、顔が見えない。
「本来の俺は、もっと自分勝手で、もっと醜いやつなんだ。お前にそんな風に思われていい男ではないんだよ」
「っ、どうしたんだよぱち…苦しい…!」
「俺も…俺もな、なまえ、苦しいんだ。お前が荒北と笑い合っている姿を見るだけで、どうしようもなく苦しくなる」
「はっ…ぱ、ち…ちから、抜いて、」
「本当は友として、見ているだけで、そばにいられるだけでよかったのに」
ダメだ。その先は聞いちゃいけない。はやく抜け出さないと。もうこれ以上は…
「なまえ?」
「っ!!」
「ぬおっ、突然起きるな!驚くではないか!」
ガバリと上半身を起こす感覚。あれ、なんで俺、寝てたんだ?だってさっきまでぱちに…いや、ぱちが後ろじゃなくて横にいる。あれえ?
「………また夢かよ…」
「な、なにがなんだかわからんが、お前が今まで寝ていたのはたしかだぞ」
「そうかあ……ちなみにぱちはどうしてここにいるんだ?」
「ああ、実は真波に用があったのだがいなくてな。泉田も黒田もいないし、お前は寝ているし、暇だったから寝顔観察でもと思えばなにやら魘されていたし…」
「あー、今みんな食堂行ってるんじゃないかな…一人だったから気付いたら寝てた……俺なんか変なこと言ってた?」
「うむ。苦しい苦しいとな。起きたので安心したが、大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫…」
心配そうに俺を見つめるぱちが、本当は、さっきの夢みたいなことを胸に秘めていたのだとしたら、どうしよう。
一瞬そんな不安が過ったけれど、気のせいだと一蹴した。夢は所詮夢だ。こんなこと考えてたらぱちにも失礼だろう。
「食堂にいるのならそっちに向かうか…お前はどうするなまえ。一緒に来るか、もう一度寝るか」
「思いっきり目が覚めたからな…俺も一緒に行くよ」
「わかった。では行くか」
よかった。優しく笑うぱちはいつも通りだった。
(俺の名を呟いていた気がするが、気のせいか…?)
160121