「……あっ、いた!」
みょうじさん、と声をかけようとしたけど声が出なかった。黒田さんと一緒にいたから。
『大事な勝負なのに、そんな賭け事みたいなことするのはダメだ』
いつかみょうじさんが言っていた大事な勝負に勝った。褒めてもらおうと思った。
「やったな、がく」
あの人ならきっとそう言って笑ってくれるんだろうなあと思う。でも今は行けないや。さすがに俺だって空気くらい読めるんだから。
それに、まだメンバー入りできただけだ。総合優勝出来たその時に、思いっきり褒めてもらおうっと。
(だからちゃんと俺のこと見ててくださいよ?)
「……なんで俺のとこ来たんですか」
「ダメだったか?」
「ダメってーか……」
ゴール付近の草むらに座ってボーッと空を眺めてた。隣に座ってきたのはみょうじさん。先輩相手にあっち行けとも言えねえし、やりづらい。けど一人にして欲しかったってのはたしかだ。しかもよりにもよってみょうじさん。こんなダセェ姿見せたくないのに。
勝てると思ってた。でも負けた。所詮その程度の実力だったってことだ。強いやつだけが、速いやつだけがあのジャージを着れるんだ。負けちまった俺はただ練習して、もっともっと速くなって、次こそ絶対にメンバー入りして、
でも来年あんたはもうそこにいないじゃないか。
「黒田くん」
俺の名前を紡ぐ声は、泣きそうになるくらい優しかった。
「かっこよかったよ」
立ち去ろうとしたみょうじさんの腕を掴んだ俺は、泣きそうなんじゃなくて、もう泣いてたんだ。少しだけボヤける視界の先には、優しく笑うみょうじさんの顔。
「……来年」
「………」
「来年は、必ず出ます。だから絶対応援来てくださいよ、なまえさん」
「…おう。来るなって言われても行くから」
悪戯に笑ってそう言ったみょうじさんに、わしゃわしゃと頭を撫でられた。てか、
「…いいんスか、名前」
「へ?いいよ別に、減るもんでもないし」
「……じゃあなまえさんって呼ぶ」
「はは、じゃあ俺もくろって呼んでいい?」
「くろって…まんまじゃないっスか」
「あれ、ダメ?」
「……いいっスよ別に、減るもんでもないし」
「ははは!じゃあくろって呼ぶ」
嬉しそうに俺の真似をしながら笑うなまえさん。この人を好きになってよかった。荒北さんとか周りとかなんて関係ない。
「お疲れ、くろ」
最後にポン、と叩かれた肩が熱い。
どうこうなりたいなんて思ってないから、追いかけてるだけで幸せだから、ただ好きでいさせてほしい。それ以外なにも望まないんだ、大したわがままじゃないだろ?
(ただの“後輩”でいいから、その目に映して)
160101