よそでやれ | ナノ


たとえ愚か者だとしても  



「オーロラちゃーん、休憩時間でーす!」
「!」

カランカランとベルを鳴らしてオーロラちゃん…もといぱちを呼んだ。途端に悲鳴というかバッシングが飛んできたので苦笑い。分かってたけどな!ごめんな!

「ワッハッハッハ!いやいやすまんねなまえ。人気者は辛いな」
「ちっとも申し訳なさそうに見えないのは気にしないでおく。とりあえず休憩時間だ。ゆっくり休んでこいよ」
「む、なんだ。ノリの悪い奴め」
「え?」
「現在売り上げナンバーワンのこの俺を一人で休憩させる気か?ちゃんと労ってもらわねば困るぞなまえ!ついてこい!」
「お?おおっ?」

ワッハッハといつものように高笑いしながら俺の手を引いたぱち。なんだ、俺がついていってもいいのか?ちゃんと労えるかな。ぱち注文多そうだしな。というか売り上げナンバーワンの自覚あったのか、さすがだな…。













「ふむ、茶道部の催しも生け花体験も捨てがたい…」
「結構いろいろやってるんだなあ。どれにするんだ?」
「そうだな……よし、ではこれにしようではないか!近いし!」
「……書道部…?」

ビシイと指差す先には書道部の展覧会を行っているクラスがあった。美しい字を眺めるのもいいが、ここも書道体験が出来るそうだからな。

「見ていろなまえ、俺が生み出すものはたとえ文字であろうと美しい…」
「だろうな。ぱちすごく達筆そう」
「なんだ、褒めるのが早いぞ!間違っておらんがね!」
「じゃあさっそくやらせてもらおう!」

クラスに入ると案内をされる前にキャー!という黄色い歓声が上がった。そういえばまだこの姿だったか。まあそうでなくてもこの俺が突然現れればそのリアクションが沸き起こるのも当然の結果と言われればそれまでなのだがな!

少しして体験ブースに案内された。幸い他に人はおらず、静かだったので、書道に集中できそうだ。もう少し女子の応援が欲しかったところではあるが、

「今日はお前と二人だからな」
「うん?」
「見せてやろう、この、山神の、筆捌きを!」
(ふでさばき?)

とりあえずは軽く、山神、と…

「……おおおおおお!山神!すごく力強そう!」
「ワッハッハ!そうだろうそうだろう!もっと褒めてくれても構わんぞなまえ〜」
「なるほど、俺をつれてきた理由はそこか…すごいぞぱち!書道も上手なんてさすがだ!よっ!山神!スリーピングビューティー!東堂様ー!」
「おい後半投げやりになっているのは俺の気のせいか?」
「よし、じゃあ俺も一筆…」
「無視するななまえ!」

俺の言葉を華麗にスルーし筆をとったなまえ。何を書くつもりだとその姿を見つめていると、おもむろに字を書き始めた。ふむ、カタカナか…マから始めたということはマネージャーだろうな。こいつらしい。しかし、んん、黙っておこうと思ったが、ダメだ、気になる。

「…なまえ、」
「ん?なんだ、わかった?」
「わかったのはわかった。しかしなんだその文字は」
「へっ」
「もっと強弱をつけろ!はねるところはきちんとはねて止めるところはしっかりとめる!はらいも忘れるな!そしてバランスや大きさもおかしいぞその調子ではすべて入りきらんではないか!そもそも墨を作る時点でダメだ水を入れすぎだ字が薄くなっている!!」
「す、スパルタ…!」
「お前のために言っているのだ!いいか、いくらカタカナとはいえきちんと書こうと意識をだな…ほら、」

なまえの後ろに回り、筆を持つ手の上に自分のそれを重ねた。次の文字は“ネ”だったな。まずはてっぺんの点から…

「…止めるところは強くぎゅっと押さえて」
「おう」
「書き始めもきちんと筆をつけて、真っ直ぐにスーっと」
「…すごい、俺の時と濃さが全然違うぞ…」
「当然だ。最後の部分も最初と同じだ。ぎゅっ、と、」
「おお、出来た!ネ!綺麗!」
「………」
「すごいなぱち、教え方も上手……ぱち?」
「……ああ、当たり前だろう、俺は東堂尽八だからな」
「んん?理屈がよくわからんけどまあそうだな!」

はははと笑うなまえの顔が、すぐそこにあった。同時に、しまった、と。なにも考えずに近付いてしまった数秒前の自分を憎んだがもう遅い。どうして意識してしまったのか。今の今まで書道の方に集中できていたのに。

(…バカ野郎。こっちに集中しろ。目的は字を書くことだ。他のところへ意識を持っていくな。なにも考えるな。出来るだろう、尽八)

今までもそうやって殺せてきたんだから。

「よし、次にいくぞ」
「おう!この調子なら上手に書けそうだ、ありがとうなぱち!」
「!」
「完成したらやすに自慢してやろう」

いっそ、意識してしまった時点で離れればよかったのに。そうすればこの胸の痛みも感じずに済んだのに。

「…そうだな、そうしてやれ」

それでも離れられずにこいつの手を握ってしまう俺は、どうしようもない愚か者なのだろうと、他人事のように思った。





160609

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