よそでやれ | ナノ


雑食系女子の策略  



「ゆきのちゃーん、休憩時間でーす!」
「!」

カランカランとベルを鳴らしてゆきのちゃん…もといくろを呼んだ。その途端まるで何かしらの呪縛から解き放たれたような顔をしたくろ。気付いてるかなお前今すごい顔してるぞ。

「お、お疲れ、くろ」
「マジで疲れました」
「(か、顔が怖い…)そ、そうだ!何かほしいものあるか!?一緒に買いにいこう!」
「……めちゃくちゃ喉乾きました」
「喉か!よし!飲み物買いにいこう!そうしよう!」
「ウス」

と、とりあえずくろの機嫌を直さないと。最初から乗り気じゃなかった組の一人だからな。少しでもいい気分でメイド業に励んでもらえるようにしないと。支配人の腕の見せどころだな!












「ジュースもらってくるから座って待ってて」

やって来たのは小洒落た内装の喫茶店クラス。促された席に座り、ジュースを受け取りに行ったなまえさんの背中を眺める。もう、ほんと、マジで疲れた。作り笑いしすぎて表情筋死んでる。ウケがよかったからまだよかったけど、もう二度とやりたくねえくらいには疲れた。けどまだ時間的に半分くらいしか過ぎてねえんだよな。あと半分頑張らないといけないと思うと辛い。この時間に少しでも回復させねえと持たねえぞこれ。東堂さんとかよくあんな楽しげに出来るよな。普通に尊敬する。

はあ、と思いきりため息を吐いたと同時になまえさんが帰ってきた。あれ、なんか苦笑いして……

「……なんスか、それ…」
「ご、ごめん、俺も違うって否定したんだけど…」

はは…と渇いた笑いを漏らしたなまえさんの手には、トレイに乗ったオレンジジュース。そのグラスにはオレンジジュースだけでなく、なぜかテレビとかでたまに見るような二股ストローが入っていた。

「どうもくろのことが女の子に見えたらしくて」
「はあ!?」
「ほら、今メイド姿だから」
「それにしたって無理があるでしょ!あんたより背も高ェのに!」
「だ、だから俺だって否定したんだってば!でも照れなくてもいいですから〜とか言われて…!」

あわあわと反論するなまえさん越しに、どこか楽しそうにニヤニヤしている女子たちが目に入った。あいつら絶対気付いてるだろ!その上で楽しんでるだろ絶対!あれか、噂の腐女子ってやつか!男同士なら何でもありか!

「だ、大丈夫だ!俺喉乾いてないし、くろのために買ってきたんだし、一人で飲めばいいからな!はい!」

ドン!と置かれたオレンジジュースは氷もほどよく入っていてすごく冷たそうだ。多分ストローなしでそのまま一気飲みできる自信ある。

「………もういいです」
「え」
「一緒に飲みましょう。このストローじゃ一人だと飲めねえし」
「え、え、けど、」
「いいから」

懇願するように、それでいて少し強気で攻めれば折れてくれることを知っている俺は相当汚いんだと思う。けど今日はせっかくの文化祭だし無礼講だってことで、なんて言い訳しておいた。

それに、嫌々とはいえちゃんとこんな姿して頑張って接客したんだ。これくらいのご褒美を望むくらいいいだろう。

「……ご、ごめんな、ほんと」
「いいですってば。じゃ、いただきます」
「おう」

そうして二人して顔を近付ける。あ、ほんとに近い。なまえさんすげえ恥ずかしそう。くっそ、可愛い。近い。目ェそらしてるのをいいことに、すぐそこにあるなまえさんの顔を凝視した。天国かよ。

意識しすぎてオレンジジュースの味も分かんなくなってきた頃、不意にさっきの女子連中の姿が見えた。まさかマジで飲むとは思わなかったんだろう、顔真っ赤にしてやがる。してやったり。

(ほんと、役得だなこれ)

少しでも長くこうしていられるように、ジュースを飲むペースをこっそり落とした。





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