なぜだろう。俺はなんにも悪くないのに。

「本当に、申し訳ありませんでした…!」

なぜこんなに床に頭を擦り付けて謝り倒しているんだろう。

相手はテレビでもよく取り上げられてる、所謂大物の美食家だ。こんなしがない店に足を運んでくれるだなんて!とか、ぜひ贔屓にしてもらおう!とかってすっごく意気込んでた結果がこれか。

彼の前に出ているスープにプッカリ浮かぶそれは、何度見ても髪の毛でしかなかった。なんて古典的なやらかしを…と思った。けど明らかにおかしいんだ。髪の長さも色も俺のものとは一致していない。それにこれを作ったのも直接運んだのも俺なんだ。どう考えても自作自演のようにしか見えなくて、でもそんなこと言ってみろ。この店が潰されちまう。大物であるがゆえにわがままで粗暴だとは聞いていたが、食に関しては筋を通してくれると信じていたのにこれだ。

彼の向かいに座る、近所のライバル店の女を見てすべてを察した。グルなんだこいつら。

「ひでえ店だぜ…客になんてもん食わせようとしやがんだ、ああ?」
「仕方ないですよう、だってあたしが食べに来たんだし…」
「なんだ、商売敵に食わせるもんはねえってかあ?」

思ってもないことをよくもそうベラベラと並べられるものだ。さっきまでワイワイガヤガヤと賑わっていた雰囲気が、一瞬でぶち壊されてしまった。

俺たちのやり取りを見て静まり返る店内。時折ヒソヒソ声が聞こえた。ああ、こりゃしばらく客足が減るだろうな。最悪だ。せっかく波に乗ってきたところだったってのに、このタイミングで…。従業員たちにも申し訳ない。

「……もういい」
「!」
「さっさとその汚ねえ面上げろっつってんだ、オラ」
「いっ、」

髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。ニヤニヤした男がもう片方の手に持っていたのは、出来立ての熱々スープ。

ああもう、本っ当に最悪だ。

「作ったやつが責任もって処分しやがれ」

振り上げられたスープを見て、咄嗟に目をつぶった。

「おや、貴女は」
「!」
「あ?」

瞬間、後ろから声が飛んできた。柔らかく落ち着いたその声は、聞き覚えのあるそれだった。

「あっ、う、うそ、ココ様!?」

女がそう叫んだので納得する。そうだ、四天王ココ。まさか来ていたとは、と視線だけそちらに向けると、一瞬だけ目が合った気がした。

「貴女はたしか…近くのスイーツ専門店の方でしたよね」
「はっ、はい!そうです!まさか、ココ様に知っていただけていたなんて…!」
「よく知っていますよ」
「っ!」

男の俺でも見とれるくらいの綺麗な笑みを浮かべたココは、そのまま女に近寄り、髪を掬った。その至近距離に、女は顔を真っ赤に染め上げている。それを面白くなさそうに見つめる男。

次の瞬間、二人とも顔面蒼白になってしまったが。

「ちょうどこのスープの中に入ってる、長く透き通るような青い髪…見間違えるはずがない」
「「!」」
「…恐らく、髪をかきあげた時にでも入ってしまったんでしょう。残念でしたね。ここの料理、とっても美味しかったのに」

静かだった店内に、ココの声が響き渡る。意味深な笑顔を浮かべるココを見て、二人は顔をひきつらせながら店を飛び出してしまった。

ポカンとしていた俺はというと、ココに腕を掴まれ、そのまま優しく立ち上がらせてもらった。

「ココ…さん…あの、」
「大丈夫?」
「あっ、はい、お陰さまで……ありがとうございます…」

きっと立場上言えない俺の代わりに言ってくれたんだろう。さすが四天王1の紳士。初めて見たけど、本当に優男だったんだ。

深々と頭を下げると、なんのことかな?と惚けたような答えが返ってきた。顔を上げると、優しく微笑んでいるココが俺を見つめている。その笑顔に少し顔が熱くなるのを感じた。

「料理、本当に美味しかった。また来てもいいかな?」
「!ぜ、ぜひ!ありがとうございます!おの、今日のお代はもう…」
「まさか。ちゃんと払わせてもらうよ」

結構です、と言おうとしたのに簡単に払われてしまった。腑に落ちないが、また来てくれるらしいし、その時にまた改めてきちんとお礼させてもらおう。

きっちり同額払われたお金をレジにしまい、レシートを渡した。

「あの、今日は本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ、美味しい料理をありがとう」

ごちそうさま。

そう言って軽く撫でられた頭。瞬間、顔がカッと熱くなって、どうリアクションすればいいのかわからなくなった。熱く火照った顔は結局ココが帰ったあともなかなか治らなくて、周りからいじられるほどで、

どうしてくれるんだ、あんたの笑顔が頭から消えやしないじゃないか。




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