ばからばからと大きな音を立て、豪快に馬を乗りこなす直政。最近よく俺の護衛を任されてる徳川家の将だ。将来を有望視されている美丈夫で腕もたつ。その上まだ若い。いいこと尽くしである。

本当は俺みたいな刀も持ったことのない商人を護衛する役目なんて暇すぎるだろう。なんで自分がこんな…なんて思っててもおかしくない。俺だって声を大にして言いたいさ、なんで自分よりも年若い男に守られなきゃいけないんだって。あともうひとつ。

「おいっ!なおっ、まさっ!」
「はい?なんです」
「馬っ!はげっ、しっ、すぎっ、だからぁっ!」
「は?」
「おまっ、わかっ、てんだろっ、こらっ!」

こいつとの乗馬は嫌いだ。後ろに俺を乗せてるのを忘れてるだろってくらいの激しい走行。落とす気だろ。俺のこと落とす気しかないんだろお前。俺のこと嫌いなんだろお前。

「なまえ殿、すみませんが南蛮の言葉はわかりかねます」

やっぱりこいつ俺のこと嫌いだ!

「日本語だっ、このっ、ばかっ!鬼っ!」
「蹴り落としますよ」
「おまっ、わかっ、てんじゃんっ!」
「てんじゃん?」
「てめ…おわあっ!?」
「!」

あまりに腹が立ったのでぶん殴ってやろうと思ったら、体制を崩してしまい落馬しかけた。咄嗟に直政にしがみついたので難を逃れたものの、いまこの速度の中落馬してみろ、死んでたな。

直政も驚いたのか馬を止めてくれた。ようやくちゃんと喋れる。

「はあっ、こ、こわっ!俺いま死にかけたって!」
「………」
「な、なんだよその顔…」

顔だけこちらへ向けた直政。うわーすっごいめんどくさそうな顔してるー。一応言っとくけど俺護衛対象だからな?大丈夫?家康様に言い付けても大丈夫?

いつもそうだ。こいつきっと年上を敬うってことを知らないんだ。周りはどういう教育してんだ?いくら将来有望だからって甘やかしすぎだろこれは。

「親の顔が見てみたいもんだぜ…」
「なんです、今度こそ落馬をご希望ですか?」
「アッ、イエ」

ふん、と笑って前を向いた直政。もし俺がもっと偉かったらこの角の一本くらい折ってるところだったぞ。

「落馬が怖いのなら、そうやって引っ付いていればいいでしょう」
「え?やだよ誰が好き好んでお前みた…げふんげふん」
「お前みた?」
「いやいや、直政くんのような美丈夫くんに引っ付いてたら世の女性から嫌われてしまいますゆえ」

ていうかこんなおっさんに抱き付かれても気持ち悪いだけだろと続けた。すると直政は少し考えるような素振りを見せると、また顔だけこちらへ向けてきた。

「…なら、反対にしますか」
「反対?」
「あなたが手綱を引いて、俺が後ろに乗る。そうすれば馬の速さもあなたが調節できるから安心でしょう」
「はっ…おま、天才かよ」
「これで天才ならあなたがダメすぎるだけです」

最後の悪口は聞こえなかったことにしよう。俺は大人だからな!しかしそうと決まれば即実行だ。前後を入れ替え、再出発。

先程とは違い、緩やかな速度で地を蹴る馬。いい子だな、直政でなく俺に対してもちゃんと言うことを聞いてくれる。

「馬主とは大違いで素直ないい子だな」
「なにか言いましたか?」
「馬主と同じで素直ないい子だなーって」
「嘘をつくのはこの口ですか」
「いひゃいいひゃいほへんははい!」

聞こえてんじゃねえかこの地獄耳め!ていうか何度も言うけど俺護衛対象ね!?わかってんの!?お前ほんと家康様に言うからな!?

後ろから器用に頬をつねってくる直政に平謝りすると、ぱっと離してくれた。なんだそりゃと思ってると、今度は腰に腕を回されたのでギョッとする。

「……え?は?何してんのお前。思わずちょっと反応遅れたわ」
「落馬の危険を感じたので」
「嘘つけ!お前さっきまでこれの十倍は速く走らせてただろ!」
「遅すぎて逆に落馬の危険が」
「ねえから!離せ馬鹿!」
「危ないですよ、前に集中してください」
「うぐっ…!」

後ろを向いて剥がすよう説得するがまるで無視。たしかに走ってる最中に後ろなんか向いちゃ、それこそこの速さでも危険な行為だ。けど、これは、

「…やっぱ無理!近い!恥ずかしいんだけど!」
「ごちゃごちゃ言ってないで頑張ってください。あと少しでしょう?」
「耳元で喋るなこしょばい!」
「うわーあぶないーらくばするー」
「すっげえ棒読み!」

そうやってぎゅうぎゅうしがみつかれたら逆にこっちが落馬するわあほか!いや待てよ、逆にそっちが狙いか!?

「大人を馬鹿にするのもたいがいにしろよ!」
「そっちこそいつまでも子ども扱いしないでくれますか」
「話噛み合ってないんだけど!?」
「…それだからあなたは、ダメなんです」
「なんで溜めた!?」
「本当はもうあなたの護衛期間なんかとっくに過ぎてる」
「は、」

え、なにそれ初耳なんですけど。だって今日も直政本人が、家康様からの命でっつって来たじゃん。あれ?どういうこと?え?

「…まだ気付かないんですか?これだからあなたという人は…」
「たっ、ため息吐くのやめろ!ちょっと混乱してんだよ!」
「俺が勝手に守りたくて、そばにいたくてやってるんです。わかったら黙って俺のこと愛してください。以上です」

いや以上ですじゃないから!なにそれ!もうすぐ店に着くんだけど!?どんな顔して下馬したらいいの!?それまでに答え決めろって!?ふざけんな!

「…断られても、諦める気ありませんけど」
「っ、うるせーよ!耳元やめろ馬鹿!」

ていうか、お前俺の顔見えてんだろ!?それで察しろこの馬鹿鬼!







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