※血の繋がりについては知れ渡っています






「おはよう、姉さん」

朝一番から彼の声を聞けるのは、きっとあたしだけの特権だと思う。起き上がり目を擦ると、鮮明に飛び込んできたのはたった一人の弟の姿。

「…おはよ、なまえ」
「今日はね、昨日釣った鮭で鮭粥を作ってみたんだ」

姉さんの口に合えばいいんだけど。

ふんわり笑うなまえの手には、ほかほかと湯気の立った美味しそうなお粥。寝起きとはいえ食欲をそそるいい匂いがする。

「毎日ごめんね、朝早くからしんどいでしょ?」
「いいんだよ。僕がしたくてやってることなんだからさ」
「にゃはっ、あたしには勿体無い弟だぜい」

いい子いい子〜と頭を撫でると、恥ずかしそうに笑ったなまえ。ほんと、あたしには勿体無い。身内であるあたしが言うのもなんだけど、贔屓目なしでもこの子は完璧だと思う。見た目も中身もいい子だし、年齢的にもそろそろ恋人の一人や二人いてもおかしくないのに、ずっとあたしと居てくれてる。申し訳ないような嬉しいような。

さて、弟自慢はこれくらいにして、早くご飯を食べなきゃ。冷めちゃうからっていうのもあるけど、それ以上に大事な理由がある。

「それじゃあいただこうかにゃ〜」
「どうぞ、姉さん……あ、」
「ほう、今日は鮭粥か…」
「げっ、風魔の旦那!」

しまった遅かった!あたしの手に渡る前に、突然現れた風魔の旦那にかっさらわれてしまった鮭粥。あたしのなのに!

もはや毎日恒例になってる、風魔の旦那の突然の訪問。危害をくわえられる訳ではないけれどそれ以上に質が悪い。だって彼の狙いはなまえの手料理なのだから。

「返してよ旦那!それあたしのだってば!」
「小太郎さん、わざわざ姉さんの分を取らなくてもいいでしょ。言ってくれればよそいますから」
「ククク…」

そうだ、旦那はいつだってわざわざあたしの分を盗ろうとしてくる。毎日この子の手料理が食べられるあたしを妬んでの行動だと知ってるのは多分あたしだけで、なまえはただお腹すいたから遊びに来てるくらいにしか思ってないんだろうな。

ため息を吐きながら旦那を見つめるなまえ。それに気を良くしたのか、旦那は粥をあたしの前に差し出した。

「ありゃ、珍しい。返してくれるんで?」
「当然であろう、これはうぬの物だからな」
「うげー、なんか普通に優しい…気持ち悪い…」
「どれ、体調が優れぬのなら我が食べさせてやろう」
「にゃっ!?」
「あーん…」

にまにま笑いながら匙に掬った鮭粥を向けてくる旦那。やだ、ちょっと待って、本気で気持ち悪い!

ほとんど反射的に突き飛ばそうとしたら、目の前には匙じゃなくて見慣れた背中が。

「っ、え、なまえ?」
「…うん、やっぱり美味しい」

なんと、あたしの前に立ったなまえが代わりに食べてくれたらしい。

「クク…いいのかなまえ、これは姉上の物であろう?」
「小太郎さん、やっていいことと悪いことがあります」
「なんのことだ」
「さすがに本気で怒りますよ」
「……ククク…」
「…なまえ…?」

あれ、あれれ、なんか怒ってる。相当気持ち悪かったのかにゃ。でもあたしには旦那の作戦勝ちにしか見えない。この子が身代わりになるってわかっててわざとあんなことしたんだな旦那め。

「やれやれ…可愛い子犬に怒られては我も悲しい。名残惜しいが退散するとしよう」
「子犬じゃないです。ていうか、いい加減返してください」
「よく吠える…ではな」

くしゃりとなまえの頭を撫でたかと思うとすぐに消えてしまった旦那。宙に浮いたお椀を器用に受けとると、なまえはまたため息を吐いた。

旦那だけじゃない。他にもこの子を好いてる人はたくさんいる。なのに誰のものにもならず誰にも靡かず、あたしのそばにいてくれる。それが不思議で何度か聞いたこともあるんだけど答えはいつも一緒。「家族なんだから当たり前でしょ?」で済まされてしまう。まあ別に追い出したい訳でもないから、そう言われてしまうと納得せざるを得なくなるんだけど。

「…もしかしてお姉ちゃん離れ出来てないだけなのかにゃ?」
「へ?」
「んにゃ、一人言〜」
「?…まあいいけど。今度こそどうぞ、姉さん」
「待ってましたあ!って、え?ちょっとなまえ?」
「大丈夫だよ、フーフーしたから」
「そういう問題?」

やっと鮭粥が食べられるかと思えば、今度はなまえが食べさせようとしてきた。普通に恥ずかしいんだけど。

首をかしげてみてもなまえはにこにこ笑うだけ。

「…それで食べなきゃだめ?」
「いらないの?美味しかったんだけど」
「………もー…」

逆らわずにそのまま食べてしまうあたしも弟離れ出来てないのかなあと、完食後頭を抱えた。




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