10月31日 すべてが決するハロウィン

「…………」

目が覚めた。そこは最後に見た落ち葉だらけの山道でも木々が立ち並ぶ山でもなく、やはり俺の部屋。

どうしてずっと気づかなかったんだろう。目覚める直前、つまり夢が終わるその瞬間は、すべて一緒だったんだ。利家の時やにゃんこの時は曖昧だったから気づかなかったけれど、間違いなく共通している。

『オオオオーン!!!』

謎の大きな狼による遠吠えが鍵だったんだ。


「でも俺、狼と遊んだ記憶も関わった記憶もねえしな…ていうかあの大きさは規格外だろ…」

拙い記憶を探るが、やはり狼と関わった覚えはない。だから助けられる理由が分からないんだが、どんな訳であれあの狼が命の恩人であることにはかわりない。今日もまたあの悪夢を見れば出てきてくれるのだろうか。もし会えたら、いままでのお礼をしてから出ていこう。うん、そうしよう。

元就さんまでそっち側だとわかってしまった今、本当なら今すぐにでも出ていきたいところなのだが、あの狼にも会いたいしなあ…

「もうほとんどアウェーだもんなあ、わんこもにゃんこもアウト。元親さんもアウト。三成がいるから山もアウト。元就さんでさえもアウト。もう味方がいない……あ?」

待てよ俺。もっかい確認しろ。この家にいるのは俺と、わんこと、にゃんこと、元親さんと、元就さん……だけじゃない。まだ、あと一人いるじゃないか。

瞬間ベッドから飛び起き、服装もそのままに部屋を飛び出す。証拠だとか、確信めいたものがあるわけじゃない。でもそれ以外考えられない。そう思って、いつも昼過ぎまで起きようとしないあの人の部屋へ走った。











ノックもせずに騒がしく飛び込んでしまった。その人はやっぱりベッドで寝息をたてて眠っている。その姿を見て、目頭が熱くなった。

なんでそんなに傷だらけなんだよ。

「…っ…起きてください」
「…………」
「……なあ、起きてくれよ、小太郎さん」

小太郎さん。同居人その2。夜はどこかへ出掛けて遅くまで帰ってこなくて、昼間はほとんど眠っているから、関わる機会が少なかった人。それでもこの一年で少しずつ距離を縮められていたと思う。俺と一緒で動物好きだと聞いて、その見た目とのギャップに笑ってしまったこともある。

疑惑が確信に変わった。掛け布団も使わずベッドに仰向けになって眠っている小太郎さんの顔や、肌が見える部分は、痛々しい切り傷や歯形でいっぱいだった。傷に障らないように、でも早く起きてくれるように体を揺する。

あいつらはみんな俺のことを狙ってる。なのにその邪魔をしてくる狼が無事で済むはずがない。

「小太郎さん、小太郎さんってば」
「…………うるさい」
「っ!」
「……気付いたのか…」
「ごめ、ごめん小太郎さん、俺のせいで、こんな、」
「…………」

ゆっくり体を起こした小太郎さん。まだ塞がっていない傷もあるその手で俺の涙を拭ってくれた。

「うぬのせいではない。我が勝手にしていることだ」
「でも!」
「責任を感じると言うのであれば早々に出ていけ」
「そんなことしたらあんたどうなるんだよ!今度こそ、殺されんじゃねえのかよ!」

小太郎さんはなんにも言わない。冷たく言えば行くと思ったのか?それも俺のこと心配して言ってくれてるんだろ?

「……動物が好きだと、」
「え、」
「触れ合うのが好きだと、そう言って体に触れ頭を撫でる、その時の顔を見て好きになった」
「!」
「保護すべき対象、と言うべきか。守らねばならぬと思った。だから守ってきた。けれどそれも今日でおしまい…」

顔に触れていた手が離れた。クツクツ笑う小太郎さんはいつも通りのはずなのに、その目はすごく優しくて、また涙がこぼれた。

最近までは離れがたいと思ってた。ここの人たちは好きだ。あんなことがあった今でも、好きだって気持ちに変わりはない。そりゃ怖かったっちゃ怖かったけど、それでも悪い人たちじゃないし、大切だと思ってる。だから引っ越しても、たまに遊びに来ようと思ってるくらいには思い入れのある場所だ。

でも今は、離れちゃダメだって思ってる。

「……俺、残るよ」
「は?」
「この家に残る。仕事も、勿体ねえけど辞める」
「……狂ったか。ここに残れば、いずれあやつらに骨までしゃぶりつくされるぞ」
「でも小太郎さんが殺されるのはもっと嫌だ」

多分俺が出ていけば真っ先に小太郎さんが狙われるだろう。そうして転勤先にやってきて悪夢が繰り返されるだけだと思う。それならいっそ、ここに残ってさえいれば俺が小太郎さんを守れるはず。

「それに、残ってもまた小太郎さんが守ってくれるでしょ?」
「……また傷だらけにするつもりか」
「あっ、そ、それもそうか…」
「ククク……だが、正体がバレてしまった分守りやすくはなったな」

スッ、と差し出された手。首をかしげるとまた笑われた。

「……その覚悟があるならこの手を取れ、なまえ」
「!」
「取らずに去るもよし。うぬが決めればいい。自分以外のことは気にするな」
「…………」
「だが安心せよ。来るのなら、我が必ず守り抜くと誓おう」

小太郎さんは相変わらず笑ってる。とんでもない話をしてるってのに、俺まで笑えてきた。だって俺の答えはさっき聞いただろ?

「…小太郎さん、俺もあんたのこと守り抜いてみせるよ」

これが恋とか愛とかそういう気持ちなのかは分からないけど、離れたくない。迷わずその大きな手を取ると、額に優しくキスされた。













「見てくれよなまえ!これ俺が作ったんだぜ?すげえだろ!」
「ご主人様〜、髪にゴムが絡まっちゃったみたいで…取ってほしいんスけど」
「ンだよにゃんこ、今俺が話してただろ!?」
「化け犬の旦那、レディーファーストって言葉をご存じで?」
「なまえ、毛繕いを頼む」
「あっ、三成てめえ!」
「にゃーにどさくさに紛れて抜け駆けしてるんでい!」
「黙れ下等生物共。なまえは貴様らに構ってられるほど暇ではないのだよ」

「一時はどうなることかと思ったが、結果よければ全てよし、ということか」
「本当にね。君まで失敗してしまうから焦ったよ。まあ私も失敗に終わったわけだが」
「それは俺の台詞だ。貴様でさえ不可能だったというのに…あの男、一体どんな手を使ったのか」
「きっと聞いても教えてはくれないだろう。それより今は、ここに来てくれたことを祝おうじゃないか」


「はあ……タイマンじゃなくなった分まだマシにはなった気がする」
「敵対象が増えた分、こちらの被害も少なくなったしな」
「その点はラッキーですよね。もう傷だらけになる心配する必要はなくなったわけだし」
「ふむ、それは少し残念ではあるな」
「え?」
「我を心配するうぬの顔、なかなかにそそる」
「ナチュラルに口説くのやめてください!」


相変わらず周りからのアタックは大きいし重いしキツいけど、この人がいるならなんとかやっていけそうだ。よし、頑張れ俺!






























「聞いたか、あの話」
「おお、聞いた聞いた。あのルームシェアハウスの話だろ?」
「ああ。えれぇ話だな。ニュースじゃほとんど報道されなかったがな」
「殺されたっつー若い男、まだ首が見つかってねえらしい」
「他の住人の行方が知れねえんじゃ、調べようもねえしなあ」
「だよなあ。しかも聞いてみるとよ、その首の切り口、どうやら噛みちぎられたような痕が残ってるらしいぜ」
「ひっ、おっかねえ……そりゃ山の獣にでも食い殺されたに違いねえや」

今は立ち入り禁止になっているルームシェアハウスの近所の住人たちは、怖い怖いとそれぞれの家へ帰っていった。













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