10月30日 ラストは天狗の一人勝ち?

「はあっ、はあっ…!」
「大丈夫かい?」
「だっ、だいじょばっ、ないですっ!」
「もう少しだから、頑張って」

深夜の登山キツすぎ!どうしてこうなった!





思い返せばそれは今朝の話だ。昨夜の三成の件を元就さんに話すと、これはもうただ事ではないなということになった。俺の中では一発目の利家の時点でただ事ではなかったんだけどそこはお口チャックで黙っておいた。えらい。

『話をまとめると、それらは全て決まった時間に起こる、というわけだ』
『そうですね…わんこ以降は時間気にする余裕もなかったんですけど、多分全部同じ時間帯です』
『そして場所は君が眠る部屋……それなら、』
『それなら?』
『その時間帯に、違う場所へ逃げておくっていうのはどうかな』




そんなこんなで、例の時間帯に叩き起こされ登山なう。いやいや、逃げるにしても他に場所あったんじゃないだろうか。未だにぼんやりしている頭とふらふらの体。俺の手をしっかり握り、まるで宛があるかのようにどんどん歩いていく元就さんの顔は見えない。

そういえばさっきも「もう少しだから」って言ってたな。ということはやっぱり山に隠れ家的ななにかがあると見た。どこでもいいけど、深夜の山中て怖すぎ。暗すぎ。よくそんなにぐんぐん進めるなあと引っ張られながら思った。

「あ、の、元就さん」
「ん?なんだい?疲れた?」
「疲れた以前に寝起き直後の登山なんで、死にかけてるんですがっ…その、これって、どこに向かって、るんですか」
「うーん、なんと言えばいいのかな……私の別荘、とでも言うのかな?」
「別荘…」

こんな山奥に別荘があるだなんて初耳だ。この一年間、いや、元就さんとはそれ以前から何度か交流があったけれど、そんな話は聞いたことがない。まあそれは別にいいんだけど、目的は俺の部屋から離れることだろ?わざわざこんな夜中に登山するなんていう危険すぎるリスクを負ってまで別荘とやらに向かわなくても、元就さんの部屋とか、リビングとか、他にもっと近場があったはずだ。俺のためになんて言うけどと、ちょっと強引すぎないか?

考えれば考えるほど疑問と不安が募った。知らず知らず足も遅くなる。それに気付いたのか、ふと足を止めた元就さん。肩で息をする俺とは違い、息が乱れるどころか汗一つかいてない。あの、失礼ですけど俺よりご年配ですよね?なにこれ俺が体力無さすぎるの?ショック!

「……さすがに感づいちゃうか」
「はっ…感、づく…?」

ゆらり。元就さんの背後に、見えるはずのないなにかが見えた。

「すまないね。でも、逃がすわけにはいかないんだ」
「どわっ!?」

疲れはてた体を好機とばかりに、素早く抱き上げられてしまった。お、お姫様だっこ、だと……?まさか男の俺が男相手にお姫様だっこされるだなんてされる日がくるとは。信じられない。ていうか元就さんの細腕のどこにそんな力が。

何はともあれ、アホな俺でも分かる。これ間違いなくピンチだよな。

「……嘘でしょ……まさか元就さんまで…」
「優しい君のことだから、利家やにゃんこを使えば残ってくれると思ったんだけどね」
「!?」
「元親まで動いたのは驚いたけど、それで君が残るなら、と様子を見たんだ。でも変化なし。昨日の三成も結局失敗。となると、もう私自ら動かざるを得なくなった、というわけだ」

衝撃が大きすぎて頭が追い付かない。えーっと?つまり?ここ数日間の悪夢の黒幕は、元就さんだった?

さっきは俺の見間違いだと思っていた翼は、しっかり元就さんの背中から生えていた。ズズズと服装が変わっていって、やがて山伏のような姿に。頭には……天狗のお面?

「化け犬、化け猫、吸血鬼、妖孤……終いには天狗である私まで魅了するなんて、しょうがない子だね」
「しょうがないって、そんなの、」
「まあ私は君があの家に来る以前から、ずっとずっと狙ってはいたんだけどね。なかなか手を出せずにいたのに、ひょんなことから連れ出せるきっかけが出来て本当によかったよ。おかげでこの一年は、今まで生きてきた中で一番幸せで充実した一年だった」

うっとりとした顔でそう話す元就さんは、もう俺の知ってる元就さんじゃない気がした。だってその目には狂気が滲んでいる。吐息が顔にかかるほど、鼻先が擦れるほど近くなったお互いの顔。まただ、元親さんのときに感じた金縛り。利家たち動物にはこんなことされなかったけど、元が人間である元親さんや元就さんには見つめるだけで動きを止める特殊能力みたいなのが備わってるらしい。知らんけど。

……元人間というか、人間が仮の姿で、こっちが本性だと考える方が正しいか。

「さて……この四日間の夢で、もう分かってるはずだ。どうすればいいのか。それでもまだ出ていこうという意思があるなら強行手段に出るよ。たとえば、」

このままこの山奥に閉じ込めて、私と一生共に過ごす、とか。

声がとっても楽しそうなのは本気だからだろう。どうあっても離してくれる気はないらしい。どいつもこいつも、どうして俺なんかにそんなにお熱になるんだか。なにか特別なアプローチをした覚えなんてないし、そういう目で見たことなんかないし、そりゃ好きなのは好きだけどライクでしかない。そのお返しにしては割が合ってなさすぎる。俺が5を与えてたとしたらみんなは100にして返そうとしてくる。返すってか最早押し付けだけど。

正直俺自身、こんな目に遭うくらいならもう転勤しないで仕事やめて残る方が安全なのかもしれないと諦めてきてる。命かけてまで続けたいわけではないし、この人たちなら俺一人分くらい軽く養ってくれそうだし。でもそんなことで甘えていいのかとか、やっぱり現実味が無さすぎるとか、いろいろ問題点はあるわけで。

「……なに考えてるの?」
「ぷはっ、」
「言いたいことがあるなら聞くよ。教えて?」

突然体を動かせるようになった。元就さんがしてくれたんだろう。

「…その……いろいろありすぎて頭混乱してるんですけど…」
「うん」
「どうしてみんながそこまで俺のこと好きなんだろうとか、今この状況は夢なのか現実なのかとか、このまま仕事やめて残ったとしてもまた今までみたいに襲われる心配はないのかとか……」
「安心して。もし残ってくれるなら私が全員どうにかしてでも君の身の安全を守るから」
「“どうにか”の部分はあえて聞かないようにします」

まあ、一番大事な「身の安全の保証」が約束されるならもう残った方がいいのかな。でもその代償とかによる。守ってやるからその代わりあれやれこれやれって雑用だとかパシリだとかやらされるかもしれない。でもなんだかんだ元就さんは優しいから大丈夫、か、な……

「……じゃあ最後にもう一個だけいいですか?」
「うん。なんだい?」
「俺はあの家に残ってどうすればいいんですか?もう残ってればそれだけでいいんですか?」
「ああ、そうだよ。ずっと私の、私たちのそばにいればそれでいい」
「そ、そうですか」
「ただ、」
「っ!」

ちゅう、と唇に吸い付かれた。そのまま下唇を甘噛みされてくすぐったい。羞恥心から元就さんを睨み付けると、それすらも可愛いと言う。意味がわからん。

「……もうみんな隠さずに君を求めてくる。すべて受け入れることだけが君の仕事だよ」

みんな。なるほど、利家とかにゃんことかとか……なるほどね。

「じゃあやっぱり却下!無理です!心身ともに持つ気がしない!」
「ここまで聞いておいてそれはないだろう?なら私一人に絞ってここに住むといい。誰にも邪魔されず、二人だけで愛し合えるよ」
「それが本心なんでしょどうせ!嫌だ嫌だやっぱりそんなのおかしい!俺の意見も汲み取ってください!」
「たとえば?」
「性的対象として見るな!」
「それこそ無理だよ」
「即答かよ!あーもうこんなの時間の無駄だ、離し……っ!」

本気で抵抗しようと体を動かした途端、また金縛りに合った。くそ、ふざけんな!こんなの納得できるか!ちょっとでも頷こうかなと思った数分前の俺マジでくたばれ!

「ごめんね。本当はもっと穏便に解決したかったんだけど、もう時間がないんだ」

その時の元就さんの顔が、なんだか切羽詰まったような表情を浮かべているように見えた。何でそんな顔するんだろう。時間って、一体なんの時間のことだ。俺が引っ越すまでの時間ってことか?

うだうだ考えている間にも元就さんは歩みを進める。気になるけど、このまま黙って連れていかれるのも嫌だ。誰か……山なんだし三成いないのか三成!恩人のピンチだぞ出てこい三成!

「……なにしに来たんだ」
「!」

ふと呟くように元就さんはそう言った。前方には誰もいないはず。というより動けない俺には元就さんの方しか見れないんだけども。

「利家たちから聞いてるよ。全部君が邪魔をしているようじゃないか。通りで上手くいかないはずだと思った」

俺の体を抱く手の力が強まった気がした。

「オオオオーン!!!」

次いで聞こえた狼の遠吠え。ああ、また狼が?そういえば昨日も…あれ、そういえばその前だって…たしか……

「っ……どうして邪魔をするんだ。君はこれでいいのか?このまま、離してしまってもいいのか?私には分からない」

この子を愛しているくせに。

元就さんの声が遠くで聞こえた。












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