10月28日 吸血鬼が我慢していた理由

「…………どっちだ……」

ここは天国か。地獄か。それともいつもと変わらず俺の部屋か。視界に広がるのはもう見慣れたいつもの天井だがまだ油断するなよ俺。だって絶対さっきにゃんこの爪が俺の喉元を……思い出しただけで寒気がする。千切れてないか俺の喉よ。

「にゃあ」

手を喉へやり確認しようとした。それを制したのはにゃんこの声。

「……にゃんこ、」
「…………」
「…また夢とかいうオチ?」
「にゃん?」
「……はあ……」

ホッとしたが同じくらい疲れた。私知らないわよと言わんばかりに首をかしげるにゃんこが憎い。いや嘘ついたどんなお前もかわいいし愛してるよだから夢とはいえ殺そうとするのやめてくださいマジで。

でも、おかしいよな、これ。わんこもにゃんこも人間になって俺の夢に出てきた。しかも連続で。どちらも俺のことは歪みながらも好いてくれてるようだったが、怖いものは怖い。しかもどちらも夢にしてはやたらリアルだったり、かと思えば気付けばベッドから目を覚ます形で何もかもが幻だったかのように消えてなくなっている。二匹ともちゃんと動物に戻ってるし。よくわからん。だからこそ怖い。

「元就さんに相談してみるかな…」
「んにゃあ」
「……にゃんこ、お前お願いしたらまたあの可愛い女の子に変身してくれる?」

なーんて、と冗談混じりに呟いてみた。返ってきたのは猫らしからぬ意味深な視線。そうしてペロリと舐められた手首を見ると、うっすら血が滲んでいた。















「コイツガソウカ」
「間違イナイ!」

……なんかバッサバッサうるさい。あと甲高い誰かの声がする。超うるさい。近所迷惑だぞ。

「…ん…るっせえなあ……なに…?」
「オイ、起キタゾ」
「オ前、名前ハナントイウ」
「はあ?人に名前を尋ねるときはまず自分から……っ」

耐えきれずのそりと起き上がったのが間違いだった。辺り一面に広がるのは黒黒黒。なにこれ気持ち悪っ!虫!?虫なの!?ゴッキー!?つーかバサバサうるせえ!!!

「さっ、殺虫剤を寄越せええええ!!」
「ハ?」
「殺虫剤ナドデ我々ヲ倒セルト思ッタカ憐レナ人間メ!」
「我々ハ虫デハナイ!吸血コウモリダ!」
「こ、コウモリ…?はっ、たしかによく見ると鳥っぽい…よかった…」
「安心シテイル場合カ?オ前、なまえトイウ名前ダロウ」
「知ってんなら聞くなよ…てかコウモリのくせになんでそんな喋れんだよお前ら…」

あまりにナチュラルに喋ってやがるからツッコミが遅れてしまった。ここ二日間カオス過ぎる夢見てるせいで変な抗体が出来てしまったらしい。しかもコウモリ居すぎな。めっちゃ怖い。わんこもにゃんこもいないし誰に助けを求めれば……そういやどうして俺の名前を?

「もしやこれもまた夢なのか……?」
「アノ化ケ犬ヤ化ケ猫ヲモ虜ニシタオ前ノ血、サゾ美味カロウ」
「無視された……あれ、てかいま、なんつった?」

化け犬?化け猫?もしかして、わんこ…利家とにゃんこのことを言ってるのか?虜ってことはつまりそういうことだろうし、どうしてこんな初めましてのコウモリ達がそんなこと知ってるんだよ俺の名前の件といいプライバシーもクソもねえなおい!

しかもちょっと待ってくれよ、血って…美味そうって…吸血する気満々じゃねえか嘘だろ…こんな大量のコウモリに血吸われたらひとたまりもねえぞ……!

「む、無理無理無理!絶対無理!!俺あれだよ、あいつらにはモテてる自覚はあるけどそれだけだし普段は全然モテないし女の子に告られたことないしどっちかっつーとダメ人間だしで美味しくないから!血!あとニンニク大好き!」
「ニンニクガ苦手ダナンテ迷信ヲマダ信ジテイル人間ガイルトハナ」
「あっ、このやろう今間違いなくバカにしたな!?」
「ミナノモノ、カカレ!!」
「ひっ……!」

瞬間、黒という黒が俺に一斉に襲いかかった。ダメだこれ完全にミイラコース。こんな死に方するくらいなら昨日にゃんこに殺される方がまだマシだった。

目をギュッと瞑り身構えたが、衝撃がやってこない。まさかあまりに一瞬の出来事だったからそれを感じる余裕すらなかったのか?

「……は…?」

恐る恐る目を開けると、そこに広がっていた黒は綺麗さっぱりなくなっていた。代わりに現れた人物にまた驚く。なんでこの人が?

「…無事か?なまえ」
「……も、元親さん…?」

同居人である元親さんが、どうしてここに。けれどコウモリがいないということは、彼が守ってくれたと考えるのが一番妥当だろう。どうやって守ってくれたのか、どうして駆けつけてくれたのか。そんなのは二の次だ。本当に助かった。

「よかった……っ」
「助けるのが遅くなったな。まさかこれほどまでとは…」
「え?」

遅くなった?これほどまでとは?どういうことだろう。まるでこうなることを知っていたみたいな言い方。

「……それは、どういう…」
「他の同族達に目をつけられぬよう守らせていたが、それが仇となったか。まさか俺を出し抜いてまでお前の血を狙おうとするとは計算外だった」
「あの…元親さ、」
「間に合って本当によかった」
「っ!?」

元親さんの言動に違和感を感じ始めたその時、顎を掬われた。すぐ抵抗しようとしたのに、目があった瞬間体の自由が効かなくなり万事休す。なんだこれ、金縛り?わかんねえけど、どうして気付かなかったんだ。いつもと違う色の目に。これでもかってほど主張してる鋭い牙に。

「ま、さか、」
「例え俺の分身と言えど、例えほんの一滴と言えど、お前の血は奪わせやしない」
「待っ…」
「なまえ、我慢できなくなった俺を許してくれ」

身動ぎ一つ出来ない俺を嘲笑うかのように、その形のいい唇を押し付けてきた元親さん。くっ、男のくせに柔らか……じゃねえ!動け!体!感触は嫌ってほど伝わってくるのに指一本も動かせないなんて歯痒すぎる!

とりあえず今分かったのは、俺を襲ったコウモリはこの人の分身だか仲間だか、要するに身内だったってこと。そしてずっとただのキャラ濃すぎるV系同居人だと思っていた元親さんが、味方どころか人間ですらない吸血鬼そのものだったってことだ。笑えねえ。

「……きっと愛するお前の血を一口でも飲もうとすれば、止まらなくなるだろうと、そのまま一滴残さず吸い付くしてしまうだろうと危惧していた」

愛する?なにこれまた告白されてんのかよ俺。なにこの謎のモテ期。

「だからずっと、こうして、側にいるだけでも十分だと、言い聞かせてきたのに。お前は簡単に離れていこうとする。俺を置いていこうとする」

待て待て待て待てもうさすがにこの流れは読めたぞ完全にわんこにゃんことおんなじコースだろヤンデレコースだろこれ。

「もう我慢するだけ無駄だろうと悟った。離れるくらいなら、俺以外の誰かの手に渡るくらいなら、もうすべていただいてしまおうと」

喋れないからせめて脳内だけでも強がろうと試みたがやっぱり無理だ怖い。唇が首筋へ移動した。男の俺でもドキッとするくらいの低音ボイスが頭に響く。曝されたそこをねっとりと舐めあげると、今度は耳に息を吹きかけられた。すげえくすぐったい。

「なまえ…最初で最後の愛する人…俺の血と肉となり、生き続けろ」

永遠に。

どこかで聞いたような、映画とかドラマとかで使われてそうなキザな台詞だった。最後に聞く言葉がそれかよちくしょう。やられるにしても一発ぶん殴りたいところなのに、残念ながらそれすらも叶わない。突き立てられた歯を受け入れることしか出来ないなんて。


……オオオーーーン……


なんだろう今の。わんこ?いや違う、もっと獰猛な、獣の……






「……まさかお前が邪魔をするとはな。てっきり興味などないのだと思っていたが」

ダメだ、また意識が、













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