10月27日 健気な化け猫の最後の我儘

「やめてそこだけはほんとにやめて利い……っ!!」

叫びながら飛び起きて、ハッとする。

「……あれ、」

利家がいない。服もそのまま。太陽はもうすっかり昇っている。時計を見ると現在朝8時丁度。あれ……あれぇ!?うそマジで夢落ち!?嘘だろ!?

「そんな、バカな…リアルすぎただろ…」
「わんっ」
「ぎゃあ!!!」

一鳴きして布団に飛び乗ってきたのは……あああああ!わんこ!ちゃんと!犬だ!わんこだ!ということは、やはり昨夜の出来事は……

「夢、かあ……よ…よかったぁ…!」
「くぅん?」
「おおうわんこよぉぉぉ会いたかったぞぉぉぉもう二度とお前を離しやしないぜ…」

ぎゅうううと抱き締められているわんこは知りもしないだろう。けれどあんな夢を見たあとだ。わんこだけでも連れていってもいいか元就さんに相談してみよう。またあんな卑猥な悪夢を見せられちゃたまらん。

「はあっ、やはりこのモフモフこそ、至高…!」
「わん!」
「お?どうし……んあっ!」

抱き締めていたわんこがするりと俺の腕を抜けたかと思うと、そのまま首筋に甘噛みしてきた。変な声が出てしまい慌てて口を塞ぐ。なんだいまの。いままでわんこが、そんなとこ噛んでくることなんて、

まさか

「…………利家…?」
「わんっ!わんわん!」

気のせいだよな?


















「………ん…」

ざらりとした何かが俺の顔を撫でた。なんだろう、この感触は身に覚えがある。なんだか生温いそれは、そうだ、たしかあの子の……

「……にゃんこぉ…?」
「!」
「どしたぁ、まだご飯にしちゃはえーだろ……んー…」

目を閉じたまま、近くにあるであろう小さな頭を探した。ふに、と触れたのは恐らく耳。あったあったとそのまま頭を撫でたが、なんだか様子がおかしい。これは……髪の毛?

動物の毛じゃない、明らかに人間の頭髪の感触。おかしい。明確になった違和感に意識が素早く覚醒した。

「っ、はあ!?」
「にゃーんだ、もう起きちゃった」
「おま…え…嘘…!」
「おはよ、ご主人様」

上半身だけガバリと起こすと、すぐ目の前に居たのは猫耳を付けた可愛らしいポニーテールの女の子。また獣耳コスって、なんだこのデジャヴは。

しかし前回のはコスプレじゃなくて本物だった。ということは今回も……?

「……この流れでいくと……お前、にゃんこか」
「にゃはっ、ご名答〜!昨日は大丈夫だった?ごめんね、本当は助けたかったんだけど、手出しできなくって…」
「えっ、昨日のこと知ってたのか!?全部!?」
「へい!それはもうご主人様の感じてる可愛い顔から声からぜーんぶばっちりと!」
「やめて掘り起こさないで!俺結構ショック大きかったから!」

どうやら俺の勘は当たったらしい。昨日のわんこ、もとい利家の時と同じ現象がにゃんこにも起きてるってことだ。だがそうなるとおかしい。昨日のことはてっきり夢の中の世界だと思ってたのに、この子は知ってると言う。ってことは、昨日の夢と繋がってる夢を見てるってことか?でもやっぱり夢にしてはリアルすぎる気もするし、連日こんなおかしな夢見るほど情緒不安定になった覚えもないし……なんか頭こんがらがってきた。

それにしても、昨日の利家もそうだったけど、人間になるとこうも美形になるのか。まあ動物姿があんなに可愛いんだもんな、そのまま人間の姿になったと考えても不思議ではない。てかマジで可愛いぞこいつ。

「…まあ、あれだ。その、お前も人間の姿になったってことは、」
「その通りッス!ご主人様の旅立ちを阻止しに参った所存!」
「おお、テンション高いな…まさかお前も利家みたいに、出ていくなら殺しちゃうとか言っちゃうタイプなの?」
「まっさかあ。あの人はちょっと極端すぎるっていうか、行き過ぎてるっていうか…ま、それもこれもご主人様のことが大好きだからなんですけどね」
「嬉しいような怖いような…」
「あたしの目的はあの人とはちょっと違うの。ご主人様が本当は居たいなら居ればいいし、本当に出ていきたいのなら出ていけばいい」
「え」
「本当は行ってほしくないけど、ご主人様がそれでも行きたいなら、無理矢理止めようとは思わない…あなたの気持ちを優先したいんッスよ」

……な…なんていい子なんだ…!昨日の利家とのギャップが激しすぎて泣きそうだ。さすが女の子。いい子だし可愛いし、もうにゃんこも一緒に連れていかせてほしいってお願いしようかな…いやさすがに欲張りすぎるか…?

なにより俺の気持ちを優先してくれるってのがありがたい。それなら俺だってそんな健気なこの子を連れていきたいって心から思える。

「……分かった。じゃあ、にゃんこも一緒に」
「その代わり、出ていくならあたしのこと抱いてください!」
「前言撤回!顔に似合わずなんちゅーこと言うんだお前は!」
「だって……!」
「うっ、」
「だって、そうでもしないとご主人様のこと繋ぎ止めておけない…優しいあなたのことだから、こうすれば出ていかなくなると思って……あの人たちみたいな力はないし、この方法はあたしにしかできないもん…」
「だからってそんな、売春みたいなこと…ちょっ、やめ、泣くなよ強く言えなくなるだろ……ん?あの人“たち”?」
「だから寝てる間に既成事実作ってやろうと思ったのに起きちゃうし……でも舐めただけであたしだって気付いてくれたのはすっごい嬉しかったしやっぱりこの人しかいないって思った」
「待て話そらすな!たちってどういうことだお前とか利家の他にもまだいるってことか!?」
「……ご主人様、」
「な、なんだよ」
「あたしといる時はあたしのことだけ考えてて」

ポスッとやんわり押し倒された。抵抗できなかったのはその手に鋭く長い爪があったからだ。少しかすっただけなのに、手首にじんわり血が滲んでる。

くそ、しくった。普通に健気でいい子だと思ったのに騙された。根本的なところが利家となんら変わりない。万事休すだ。だからってこのまま抱いてやるってのもおかしな話だし、俺が納得できないまま可愛いこの子を傷付ける行為をしたくない。

ぽたりぽたりと上から落ちてくる涙は全部俺を想って流しているものなのだと思うと、胸が苦しい。

「……俺もお前のこと大好きだよ。本当に。可愛いお前の願いならなんだって叶えてやりたい。でも、それだけは出来ない」
「……どうして」
「そういう対象として見れない。なのに無理矢理な感情で、仕方なくって感情で抱きたくない。傷付けたくない」
「…………」
「そんな顔させたい訳でもねえんだよ…あー…ごめん」

首に手を回してそのまま引き寄せた。猫の時によくしてやるように、頬を擦りよせて、ぎゅっと抱き締める。暖かい体は人間になっても変わらない。背中を擦ってやると、ひどく小さな声が聞こえた。

「……ズルい。優しすぎッスよ」
「普通のことだよバカ。もう二度とあんなこと言うなよ」
「…でも、そんなあなただから、好きになった」
「……うん、ありがとう」
「大好き。これからもずっと、誰よりも一番、愛してる」
「……にゃんこ、」
「だから、やっぱり行かせたくない」

ツ、と首に触れる、指先にある凶器。

「……ごめんなさいご主人様、あたしの最後のわがままだから、」

そうだった。素直なわんこに比べてお前はいつもわがままで、気まぐれで、でもわんこにも負けないくらい可愛くて、甘え上手で、健気で、

「あたしが死ぬまで、ご主人様のこと独り占めさせて」

俺のこと、大好きだったなあ。


その時遠くに聞こえたのは、野太い獣の遠吠えだった。













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