10月26日 化け犬の脅迫的な熱烈告白

「なまえ」
「んー……」
「なあ、なまえ、起きろって」
「んぁ…あとさんぷん…」

優しく揺さぶられ、深く沈んでいた意識が朧気ながらも復活してきた。誰だよもう、せっかくいい夢見てたのに……あれ、どんな夢見てたっけ。多分いい夢だったと思うんだけどなー、なんでそういう夢に限ってすぐ忘れてしまうんだか……

一人脳内でそんなやりとりをしているうちに、重たかった瞼をゆるりと開く。もう朝が来たのかと思ったが、眩い日の光が俺の目を刺激することはなかった。あれれ?

「……いま…何時だ…」
「時間か?3時を回ったとこだ」
「3時……は?3時?え?」

ていうか誰だよ。返事してきた見知らぬ声に飛び起きた。いや起こしてくる時間に関してもつっこみたいところだがそれより何より何者?不法侵入?やめてくれよ動物だけにしてくれよ。

ようやく目が暗闇に慣れてきた。じとりと声の主を睨み付けるが、ダメだ、やはり見覚えがないぞこの男。ツンと逆立った茶髪、切れ長の目、俺よりもしっかりしたガタイ……ヤバいぞこれかなりピンチじゃないか!とりあえず助けを、

「元就さ……っ!」
「しーっ!こんな夜中に大声だしちゃ迷惑だろ」
「んんんんん!」

だがしかし大きな手で口を塞がれてしまい大失敗。なるほどたしかにみんな眠ってるだろうし迷惑極まりないな、ってこんな時間に不法侵入してくる怪しい大男に言われたかねえよ!

あれ?しかもこいつよく見ると獣耳が……コスプレしてる……?余計怪しい!ヤバイ!

「悪ィな、もう時間なくってよ。早くしねえと元に戻っちまう」
「んぐぅ、」
「……なあ、俺が誰だかわかるか?」

口を塞ぐ手はそのままに、顔をグッと近付けてきた大男。わかるかって、わからないから困惑してるんだろ馬鹿か!でもこいつは俺の名前を知ってるし、確認をとってくるってことは恐らく俺もこいつを知ってるということになる。でも本当にわからない。素直に首を横に振ると、そうか、と寂しそうな声が返ってきた。

同時にしゅん、と垂れた獣耳に目が見開く。

(これ、作り物なんじゃ……)
「まあ、仕方ねえか、この姿になって会うのは初めてだもんな」
(この姿って、どういうことだ?)
「……俺だよ。みんながわんこって呼んでる、あの犬だ」
「!?」

わんこ?わんこって、あのわんこ?お前が?嘘だろ?

動揺した俺に気付いたのか、そっと口から手が離れていった。

「……うそ、だろ…?だってわんこは、犬で、お前、は、ただの人間じゃねえか」
「…信じらンねえよな……でもいいんだ、こうして言葉を交わせるだけでも十分だからよ」
「…………本当に、わんこなのか…」
「おう」
「……じゃあやっぱり、その耳は」
「本物だぜ。尻尾もな」
「!」

言われてそちらを見ると、ブンブンと振り回されている尻尾が目に入った。そうだ、わんこもあんな風に尻尾をよく振る子だった。

とても信じられる話じゃない。犬が、動物が人間になるだなんて。そんな摩訶不思議な現象はマンガとかアニメとかの世界だけだろ普通。だけど、

「……もしお前がわんこだとしよう」
「っ、信じてくれンのか!?」
「仮定だ仮定!ただ、もし本当にそうだとして…なんのために人間になった?お前さっき言葉を交わせるだけでって言ってたよな。なにか伝えたいことがあるのか?」
「……ああ、そうだ」
「それが済んだら、元に戻るのか?」
「いや、時間制限だ」
「時間?」
「今日の夜中の3時から4時までの間だけ、この姿になれるって」
「誰が」
「それは言えねえ」
「てめ、一番大切な情報を…」

きっぱりと真顔で言い切ったわんこ(仮)に苦笑した。それにしてもダメだ、聞けば聞くほど非現実的で混乱してきた。とりあえずはあれだな、4時になったら戻るんだな。それまでは人間…まあ、危害を加えてくる様子はなさそうだし、伝えたいことがあるだけみたいだし、一先ずそれだけ聞いてやることにしよう。

「……それで?なんだよ伝えたいことって」
「……単刀直入に言うとだな」
「うん」
「この家に残るか俺に食い殺されるか選べ」
「待って話が見えない怖いいまなんつった?」
「簡単だろ?このまま転勤だの引っ越しだのしねえで、ここに残れっつってンだよ」
「……無理だって言ったら?」
「俺がお前を食い殺す」

なんでそんな極端な二択しかないんだよ!ていうかさっきまでシュンてしてたお前どこ行ったんだよ!食い殺すってお前冗談でも怖すぎるわ…いやごめん冗談じゃないみたいだ怖いから牙見せないで。

「えーっとー……それは……俺に出ていってほしくないが故の脅迫だという解釈でいいのか……?」
「そうなるな。どうする?」
「どうするじゃねえよ無理だよそんなの!もう決まっちゃったもんは仕方ねえだろ!?俺だって叶うなら残ってみんなと居てえよ!」
「なら居ればいいだろ?俺だってなまえに出ていってほしくない。出ていくくらいなら、俺が殺して骨も残さず全部食ってやる」
「とんだヤンデレ犬だなお前…!」
「ずっとずっと、ずっと好きだった。伝えられなくてもどかしくて、それでもそばにいられるだけでよかったのに…離れてくなんて、考えらンねえ…このまま離れて、俺の知らねえところで俺の大好きな笑顔を他人に振り撒いて、俺の大好きな手で誰かを撫でて、俺の大好きな声で誰かの名前を呼んで、そンでいつか恋人をつくって、結婚して……そんなの、絶対許さねえ」

ごくり、と唾を飲み込んだ。本気なんだ、全部。怖い。動けない。いま少しでも動いたら、声を出したら、そのまま食われそうでなにも出来ない。まるで見えない何かに押さえつけられてるかのようなプレッシャーを感じる。どうする、どうすれば、

「でもここにいてくれればそんな心配する必要もなくなる。俺以外にもいい顔するのはやっぱり嫌だけど、それでもあいつらになら百歩譲ってよしとする。だから、行くなよ。それが無理なら俺だけでも連れてってくれよ。お前と離れたら、俺、寂しくて寂しくて死んじまう」
「……わんこ…」
「……利家。俺、本当は利家ってンだ。呼んでくれよ」
「…と、しい、え…」
「っ、なまえ!」
「んむっ、」

恐る恐るその名を呼べば、まるで今まで見せてた暗く怖い顔が嘘みたいに、今度は弾けた笑顔を見せたわんこ…利家。そのまま呆気なく食われた唇から伝わる熱が熱くて熱くてたまらなかった。俺、犬と、しかも男とキスしてる。最悪。恐怖やら緊張やらでまた混乱してきた。口内を暴れまわる舌は悔しいけれど気持ちよくて、こいつ本当にあのわんこかよと再度疑いたくなった。

「はっ……なまえ、ん、はあ、」
「んふ…ぁ……と、し……っ!」
「好きだ、なまえ…んっ…すき、すき、なまえ…」
「っ、やめ、うあっ…!」
「なあ、なまえは?俺のこと好き?いつもいつも言ってくれるだろ。なあ、」
「離…そこ、ゃ…とし、いえっ」
「はあっ、美味しい…なまえ、言って?俺のこと、好きだって、愛してるって、言って、はやく」

唇から鎖骨へ、鎖骨から胸へ、胸から脇腹へと舌が下がっていく。時折突き立てられる歯は痛いはずなのに変な声が出て腰が跳ねる。いやだ、なんだこれ。変態じゃねえか俺。もっと強く拒絶したいのに、力が抜ける。流される。

切なげに眉を寄せて、目を涙で滲ませて、頬を赤くして、涎を垂らして、息を乱して、上擦った声で、俺の愛を乞う。これが女の子だったらと思うがよく見ろ、相手はただのヤンデレ発情犬だ!耐えろ俺!なんとか、逆転を……

利家の手が俺のズボンに手をかけたその時、遠くでなにかが聞こえた。












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