自慢だった足が、木から折れてしまった枝のようにピクリとも動かない。頭から流れる血のせいで目が霞む。息が荒くなる。意識が遠退きそうだ。
(あの子は……大丈夫かなあ…)
赤毛くんと心が通じあったあの日から、数ヵ月経ったある日。日課になっている赤毛くんとの修行中、二人揃ってお兄さんに呼び出された。なんだろう、何かあったのかな、と二人して首をかしげつつ、お兄さんの部屋へ向かった。
『お前たちの日々の姿、その実力を認め、次の任務に同行させることにした』 『えっ』 『安心しろ。ただの密書奪還任務だ』 『ただのって、それすごい重要ですよね』 『クク、不安か?私はお前たちなら出来ると思うが』
赤毛くんも声には出さないが目を見開いて驚いている。密書奪還。お兄さんからすれば簡単なものかも知れないけれど、初めて忍びとしての任務に参加する僕たちからすればどんな内容にせよ不安でしかないのは当たり前だ。
けれど、“初めて”は誰もが必ず通る道。早ければ早い方がいいだろう。それに、これが成功すればまた連れていってもらえる任務が増える。お兄さんの、風魔の役に立てる。千代に楽をさせてあげられる。
『……分かりました。頑張ります』 『!』 『……いい顔だ。期待しているぞ、なまえ』 『はい!』 『…………』 『……赤毛くん、大丈夫だよ』
僕たちなら絶対大丈夫。その為に共に辛い修行を乗り越えてきたんだから。黙ったままの赤毛くんの手を握ると、少しだけその顔から緊張が解けた気がした。
『……ああ』 『!』 『なまえとなら、なんでも出来る』
握り返された手もその言葉も力強い。お兄さんは満足げに笑うと、僕たちの頭を撫でてくれた。
任務自体は成功した。ただその帰りに油断してしまっただけ。それだけだ。
『赤毛くん!あっち!』 『っ!』
追手から逃げている途中。他の忍びとはぐれてしまい二人きり。未熟な僕らがいくら逃げたって一緒だと悟った。せめてこの子だけは逃がさないと。焦って回らない頭ながらも考えた結果、囮になるしかないという答えに辿り着いた。
その考えを悟られないよう、赤毛くんだけ先に奥へと走らせた。その隙に足止めを、
『待てなまえ!囮なら我が、』 『っ、止まるな!早く行け!!』 『ぐっ!』
素早く勘づいた赤毛くんがこちらに飛んでくる。それを思いきり蹴り返して、そのまま敵と応戦した。いままで必死で修行をしてきたのに、その全てを嘲笑うかのように蹂躙される。でも、少しでも時間を稼いでいれば、お兄さんが気付いてくれるはず。
『走れ赤毛くん!早く!』 『……っ、必ず戻る!』
『一人逃げるぞ!』 『待て!』 『させるか!!』 『『!』』
相手は手練れの忍び二人。前向きに考えろ、たったの二人だ。僕なら出来る。大丈夫。死ぬもんか。
まるで自己暗示のようにそう唱え、忍刀を構え直した。しかし結果は当然のように惨敗。死んだと思われたのが不幸中の幸いだった。辛うじて生きてる。
「はあ…はあ…!」
僕を始末してすぐ赤毛くんの方へ走っていった忍びたち。でももう遅い。あの子の足ならもうとっくに他の仲間と合流出来ている頃だろう。もうすぐしたら敵を撒いて誰かが来てくれる。それまでの辛抱だ。意識を保て。
(死ねない…僕が死んだら、千代が…)
千代に会いたい。
そう思った途端、目頭が熱くなった。まだ死ねない。死にたくない。千代に会いたい。けれど体が動かない。このまま助けが間に合わずに死んでしまったらどうしよう。そもそも助けは来るのだろうか。赤毛くんは無事逃げ切れたのだろうか。お兄さんはこんな無様な姿を見て落胆しないだろうか。
後ろ向きな考えばかりが頭を占める。嫌だ、死にたくない。一人になりたくない。誰か、誰でもいい、誰か僕を見つけて、助けて、
「……おい、」 「!」 「っ、おい!大丈夫か?しっかり!」
どこかから聞こえた声に体が反応した。それに気付いた声の主は、さらに声を大きくして近付いてくる。誰だろう。忍びだろうか、村人だろうか。そういえば近くで戦があったと聞いた。どこかの軍の将だろうか。確認しようにも、もう目も開かない。
「ひどい怪我だ、まだ子どもなのに…」 「……ぁ…」 「!」 「かはっ…う…」 「まだ息はあるね…私の声は聞こえる?目は開けられるかい?」
返事をしようにも上手く言葉が出ないし、手をあげるのも難しい。ただか細い呼吸が続くだけ。しかしそれだけでも察してくれたらしい男は、ひょいと僕を抱えて歩き出した。
「もう少しだけ耐えてくれ、必ず助けてあげるから」
優しげな男の声を最後に、意識が途絶えた。
(目が覚めた場所に、みんながいますように)
151025
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