「赤毛の」
男の子がお兄さんにそう呼ばれるようになったのは、彼が来てから一年が経った頃。それに倣って僕も彼を赤毛くんと呼ぶようになった。お兄さんも赤毛なんだけれどお兄さんはお兄さんだから相も変わらずお兄さんと呼んでいる。
風魔に来て一年と半年。未だに千代には会えていないけれど、時折近況を話してくれるお兄さんによると元気にしているらしい。本当は自分の目で確認したいところだが、まだそんな余裕もないというのが現状。自分の修行はもちろん、最近は赤毛くんの修行にも付き合っているので、ほぼ一日中修行で毎日があっという間に過ぎていく。
赤毛くんはというと、僕よりも飲み込みが早いらしくどんどんいろんなことを吸収していって、お兄さんからも素質があると誉められていた。一緒に修行している僕も嬉しい反面、ちょっと羨ましい。
出会った当初はほとんど口を開かなかった赤毛くん。今でも積極的に開くことはないけれど、少しずつ会話することが増えた。今日は手合わせしようとか、お腹すいたねとか、そんな些細な会話。僕が一番長い時間を共にしているので、多分一年前よりは信頼してくれていると思う。伸びてきた赤毛をといて結い上げるのは僕に任せてくるから。
そして分かったことが一つ。この子は口に出すよりも目で訴えてくることが多い。何か伝えたいことがあるとき、用件があるときはただひたすらじっと僕の目を見つめてくる。普通なら口に出せと言うべきなのだろうけれど、つい甘やかしてしまう僕はいつもこちらから尋ねてやるのだ。
「…どうしたの。忍術の練習にする?」
組み手の最中、物言いたげな目になっていることに気付いた。忙しなく動かしていた体を止めてそう尋ねると、ふるふると首を横に振った赤毛くん。お腹すいたのかな、もしくは疲れたとか?
「……最近、よく考えることがある」 「え?」 「どうしてそんなに我を構う?」 「…………」 「……頭領に頼まれたからか?まだ我が童だからか?」
珍しい、というか初めてじゃないかと思うほどの質問攻め。内容はともかく、顔は嫌がっているのではなくて本当に不思議そうな、そんな顔。純粋な疑問なのだろう。
「……どっちでもないよ」
お兄さんに頼まれた責任感ではないし、まだまだ子どもだから見てあげなきゃっていう使命感でもない。もちろんどちらも少しは感じているけど、大きな理由はただ一つだ。
「単に、僕が一人になりたくなかったからかな。お兄さんのことは大好きだけど、いつも一緒にいられるわけじゃないし……でも赤毛くんとは毎日一緒でしょ?いつからか一緒にいると安心するようになったんだ」 「…………」 「僕の自己満足なんだ。でもお兄さんや他の人たちが兄弟みたいだって言ってくれたとき、嬉しかった」 「…………」 「迷惑だったなら、控えるけどね」
誤魔化すように笑って見せたら、赤毛くんはまた首を振った。
「……正義感やらで一緒にいるなら、必要ないと思った。それに、迷惑だと感じているのはなまえの方だと思っていた」 「!」 「なまえはいつも我のほしい言葉をくれる。叶うのならば、これからもそばにいてほしい」
一生懸命紡いでくれているのだろう。声が震えている。赤毛くんからそんなことを言われるだなんて夢にも思わなかった。
信頼してもらっているとは思っていたけれど、まさかここまでとは。驚いたけれど、嬉しい気持ちの方がその何倍も大きい。
「…僕も同じ気持ちだよ。ありがとう。これからも一緒に頑張ろうね!」
一年前と同じように、投げ出されていた手を無理矢理握って握手をした。前と違うのは、赤毛くんもしっかり握り返してくれたこと。うっすら微笑んでいるように見えたのは僕の気のせいだろうか。
血の繋がりはないけれど、心はしっかり繋がった。もっともっと忍びとして強くなって、時間ができたら、千代にも紹介してあげよう。きっと気に入ってくれる。
(この繋がりが千切れることなんてありえないと思っていた)
151011
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