「このこそ泥がァ!!」
「いっ…!」

毎日毎日体に傷が増えていく。働くよりも効率よく食料を確保するには、盗人が一番だと考えた。集落を出てすぐに近くの町にやってきたなまえはすぐに行動を起こす。一回きりで終わるつもりが、味をしめてしまい、最近では逃げ続けているおかげか足が速くなった。

しかし毎度成功するわけではなく、こうして簡単に捕まってしまうことだってある。子どもだからとすぐ許してくれる大人がいれば、しつこく痛めつけてくる大人もいる。けれどなまえは少しも弱音を吐いたことはなかった。話し相手は千代しかいなかったが、その千代の前でさえ健気に振る舞った。どんなに泥だらけになろうと、どんなに傷だらけになろうと、どんなに血だらけになろうと、千代は笑って迎えてくれる。それだけでどんな痛みも和らいだ。

「おはよう、千代」
「にーに!」

町から少し離れた深い森の中。人も獣も立ち寄らないような奥深く。そこを隠れ家にして二人は過ごしていた。歯も生え揃い、辿々しいながらも歩けるようになった千代を抱きしめ、そこでようやくなまえは一心地ついた。

なまえの活動時間は千代がぐっすり眠っている夜遅く。畑のものを盗んだり寝静まった民家に忍び込んだりと、そうやって生計を立ててきた。昼間は千代と二人きりで過ごし、夜には盗人活動を行う。基本的に朝帰りになってしまうので、酷い時には連日徹夜で活動していることもある。最近では余裕が出来たので、一日盗人をせずとも凌げる日もあるのだが、なまえはそろそろこの生活に限界を感じ始めていた。千代も大きくなったし、人に預けても問題はないはず。ただそうなると問題になるのは預け先。

信頼できる大人なんてものはいない。しかしこの生活ももう無理がある。今はまだ大丈夫だが、千代がもっと大きくなれば行動範囲も広がる。夜中とはいえ一人でいさせるわけにもいかなくなってくるだろう。だからといって千代にまで盗人をさせるなんてとんでもない。

「……どうしようか、千代」
「?」
「僕がもっと大人だったらなあ。もっと楽に暮らせるのにね」
「らーくー?」
「んー。どこかに千代のこと見てくれるところがあったら……あ、」

そういえばどこかで聞いた、町の外れにひっそりと立っている寺があるらしい。小さな寺だが、山陰や林に隠れるように立っていて狙われにくいため、戦が始まると避難場所として開放することもあるとか。

「……一回行ってみて、信頼できそうならお願いしてみようか」
「しゃんぽ?」
「散歩散歩。おいで、千代」
「しゃんぽー!」

腕を広げれば飛び込んでくる千代を抱き上げ、隠れ家を後にした。





(どうか優しい人がいますように)


150927