「なまえ」 「!」 「新しい仕事だ。頼めるか?」
赤毛くんと鍛練場へ向かう途中に遭遇したお兄さんは、そう言いながらにやにやと笑っていた。一緒にいる赤毛くんと首をかしげる。僕が単独任務なんて珍しい。普段は団体か赤毛くんとの二人で当たることが多いのに。
「えっと…僕だけですか?」 「受け取れ」 「え?………っ!!」 「…なまえ?」 「行っていいの!?」 「二度も言わせるな。お前の仕事だと言っている」 「わかりましたありがとう!行ってきます!」 「!」
手渡された書状を見て胸が高鳴った。内容は山中道の護衛。これだけ見ると至って簡単そうで特に興味もわかないけど、依頼主の名前を見ていてもたってもいられなくなったのだ。お兄さんからの返事も待たずに記されていた場所へ走った。
「……おい、まさか…」 「…ククク」 「っ、」
書状に目を通した途端に輝いたなまえの表情。そして意味深な笑みを浮かべる頭領を見てすべてを察した。あのただの口約束だと思い込んでいた件が、自分達の知らない間に進められていたというのか。
「まあ待て赤毛の」
すぐに後を追うため走り出そうとした瞬間、男の声が邪魔をした。
「クク、どうしたというのだ?そのような怖い顔をして」 「……用がないのなら行かせてもらう」 「用ならある」
そう言った頭領の顔は、いつも見るようなにたにたとした笑みを張り付けているのに、どこか違和感を感じるそれだった。無視してやろうと思ったが、足を止めざるを得なくなる。どうやらいつもの小言でも挑発でもないようだ。
「…ついてこい。話がある」 「………?」
言葉が吐き出されたと同時に消えた笑みには、どういう意味があったのだろうか。
指定されていた場所は思っていたよりも近くてすぐにたどり着くことが出来た。久しぶりに見た姿は、あの時とまったく変わっていない。それが嬉しくてたまらなかった。
「先生!」 「!」
大きな声でそう呼ぶと、少し驚いて、それでも優しく笑い返してくれた。
「やあ、なまえ。久しぶりだね」 「うん!約束果たしにきたよ!」 「はは、それは頼もしいなあ」
元就先生に会うのは中国で別れて以来のことだった。あの時交わした約束。先生へ恩返しするっていう、約束。やっと果たせる時が来たんだ。先生に会えたのも嬉しいけど、ようやく恩を返せることも嬉しくてしかたない。
でも、ただの護衛一回だけで返せることじゃないのは確かだ。これだけに限らず、今後も先生の役に立てるようになりたい。今回をきっかけにもっと依頼を回してもらえるようになるかな。またお兄さんに掛け合ってみよう。
「…大きくなったね」 「!」
ぽす、と頭に乗せられたのは先生の手。
「…もうすぐ先生だって追い越しちゃうよ」 「ああ、そうだろうね」 「先生は変わらないなあ。あの頃とおんなじ」
へらりと笑ってそう言うと、先生も笑ってくれた。ああ、この優しい柔らかい雰囲気が大好きだった。しばらく味わうことのなかったこの雰囲気が心地いい。話したいことがたくさんある。ありすぎて何を話せばいいのかわからない。けどあんまり口ばかり動かしてちゃ駄目だな。一応仕事だし。
「それで、目的地は?」 「それほど遠くないんだけどね。北条氏康公のところまで行きたいんだ」 「氏康公……えっ、ここからだと本当に早く着いちゃうよ?僕なんか呼ばなくても…」
お金もったいないと思うんだけど。そう言うとまた笑った先生。にこにこふわふわ。
「お金とか距離とか、なんでもいいんだよ。ただ関東に入りさえすれば、会いやすくなるかと思ってね」 「え?」 「本当はもっと早くに会いたかったし、依頼状を送ろうと思ってたんだ。けど、あの男が簡単に首を縦に振るとは考えにくかったからね」
あの男、というのはお兄さんのことだろう。
「だから数年経った今、あの男の監視下でもあるここらまで来れば君を貸してくれると思って」 「…僕ものじゃないんだけど」 「わかってるよ。ものの例えというやつさ」
悪戯に笑う先生の気持ちはよくわかるし、素直に嬉しかった。そんな風に考えてくれてたんだ。形はどうであれ僕も会えて嬉しいし、変わらず元気そうで本当によかった。
「それじゃ、小田原に着くまで僕が必ず守ってあげるからね。安心して、先生」 「もちろん。そのために君を呼んだんだから」
とりあえず小田原に着くまでは我慢だけど、着いたら今まで会えなかった分たくさん話そうっと。
(ずいぶん逞しくなったね、かわいい子)
160220
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