襖を閉めきった後、しばらくその場に立ち尽くした。私はいったい何をしているんだろうか。一回りも年の離れたあの子に対して、理不尽もいいとこだ。戦があると嘘をつき、まだ子どもだからと決めつけて、ほとんど無理矢理残らせた。いくら純粋なあの子といえど、不信感を抱いたに違いない。いい歳して、本当に何やってるんだか。



『いつまであの童を置いているつもりですか!』

数日ほど前に家臣から飛んできた怒号を思い出した。最初は情報収集の為だった。だから瀕死の状態だったあの子をこれ幸いと連れ帰り、家臣を使って下手な芝居まで打って信用させたというのに、手に入れた有力な情報なんて皆無に等しい。

あの子も言っていた通り、もうとっくに外に出しても平気だろう。外傷はもちろん体力だって元通りのはずだ。それにこのまま置いていて、いつ風魔から攻撃を受けるかわからない。あの忍軍が固い結束に結ばれているなんて話は聞いた覚えはないが、なまえの口ぶりだと頭領である風魔小太郎には大層可愛がってもらっていたようだし、用心するにこしたことはない。家臣たちが不安がるのも当然だ。

ではなぜ屋敷から出すことを渋ったのか。

『先生、この字はなんて読むの?』
『頭もいいし戦も強いなんて、先生ってすごいんだね』
『ありがとう、先生!』

ずっと見てきたあの子の笑顔が曇っていく。そうさせたのは他でもない自分だ。

(……おかしいなあ、)

当主になると決まったあの日から、余計な感情は出来うる限り切り捨てて、毛利の安寧のために生きていこう。そう誓ったはずなのに。あんな子ども一人にここまで揺さぶられているようじゃまだまだだなあと自嘲気味に笑った。

大人げない自分が完全に悪い。ちゃんと謝って、素直に真実を話そう。そう思い、もう一度襖を開ける。中には私の著書を手に、驚いてこちらを見るなまえがいた。

「……先生」
「…なまえ、さっきは」
「ごめんなさい」
「………え?」

著書をぎゅうっと抱き締めながらそう言ったなまえ。何を言うかと思えば、それは私の台詞だというのに。俯いてしまいその表情はわからないが、きっと困ったように眉を寄せているんだろう。

「先生は僕のことを思って言ってくれてたのに、でも、素直に頷けなくて…」
「…………」
「風魔に早く戻りたいし、あそこが大好きだけど、ここも僕にとって大好きな場所だから。だからごめんなさい」
「…………」
「……まだ怒ってる?」
「……怒ってないよ」
「っ!」

まだ、じゃなくて最初から怒ってない。そう言おうとしたが、本当にそうかと言われるとすぐ頷けないのでその言葉は飲み込んだ。なまえが言うように怒っていたのかもしれない。自分からあっさりと離れていきそうだったから。

たまらなくなって、小さな体を抱き締めた。

「私の方こそ、あんな言い方をしてすまなかった」
「……先生は悪くないよ」

違う。私は悪いやつだ。

「僕、ちゃんと待つから。だから嫌わないで、先生」

優しい君を騙して、繋ぎ止めようとしている。

「……分かってくれたならいいんだ。ありがとう」

なぜ屋敷から出すことを渋ったのか。簡単だ。この子を手離したくないから。ただそれだけ。




(結局真実も告げぬまま)


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