最近知人から聞いた話。数年前世間を騒がせていた最強の忍びがまた姿を現したらしい。それだけならそんなに食いつかなかっただろうに、何しろ縁が深いもので、ついしつこく聞き込んじまった。要約すると今も変わらず元気でやってるらしい。なにやら懐かしい顔を見て回っているそうなのだが、自分のところへはいつやって来るのやら。

(まさか忘れてるとかそんなんじゃないでしょうねえ、なまえさん)

あの人ならあり得なくもない話だ。そう思って苦笑いしていると、突然後ろから首もとに腕を回された。

「さぁーこぉーんーくぅーん…?」
「っ…そ、の、声は…」
「ひっさしぶりだねえ…ちょっと僕とお話ししようか左近くーん…」
「ぐっ、う…!」

回されている腕の力が強くなった。言葉が詰まる。間違いない、声の主は先ほど思い描いていた人物だ。

「はっ…久々にしちゃ、ずいぶん、ご挨拶です、なあ…なまえさん…!」
「おっと」
「つっ…あー、ちょっとは加減してくださいよ…見た目によらず馬鹿力なんだから」
「左近くんには負けるよ」

なんとか腕を外し振り向けば、そこには何故だかふて腐れたような顔をした忍びが一人。

「…本物、ですかい」
「当たり前だろ」
「いやあ、本当に久しぶりだ…今までどこに?」
「君に聞きたいことがあって来た」
「俺の質問は華麗に無視、と…相変わらずですな」
「褒めても何も出ないぞ」
(決して褒めちゃいないんだが)
「それより…どういうことだ。聞いてないぞ」
「はあ、何のことです?」
「武田のことだ。あんな若武者がいたなんて聞いてない」
「若武者…ああ、もしかして幸村のことですか?」
「そうだそれだ幸村だ真田幸村だ!」
「っと、なまえさん?」
「僕の大事な大事な大事な大事な大事なくのいちをたぶらかしやがって…あの男…!」
「あー…さすがの俺も話が読めないんですが」
「ああ、すまない僕としたことが少々取り乱してしまった」

ごほんと咳払いを一つし、もう一度すまないと詫びたなまえさん。それにしても驚いた。ここまで取り乱す…いやむしろこの忍びが感情をこんなに露にするところ自体初めて見るかもしれない。先ほどいきなり首を絞めにきたのもそのせいだろうか。

「それで、幸村がどうしたんです?」
「………僕は言ったな、左近くん。優秀な忍びを一人仕官させたいと」
「ええ。その件で武田の評判を聞かれたんで、そのままお返ししたまでですが?」
「そのままだと?あんな若武者がいたなんて聞いてないぞ!」
「当時はまだそこまで名の知れた武士じゃなかったんでねえ、挙げるほどのことでもないかと思ったんで」
「それがわかってれば…別のとこに仕官させたのに…くそっ…」
「……もしやあんたの言う優秀な忍びって、あの可愛らしい女の子のことですか?」
「君が可愛らしいとか言うないやらしい!」
「(…)当たりなんですね…」

がるるるるる…とまるで獣のようにこちらを威嚇するなまえさんに苦笑い。彼の言う優秀な忍びとは、あの武田の女忍び、くのいちのことらしい。なまえさんの様子を見る限り相当溺愛しているようだが、これで事情は分かった。

あの忍びが幸村に対してそういう感情を抱いていることは多分幸村以外のほとんどが知っていることだろう。そして今まで姿を消していた彼がそれを知り、武田を勧めた俺を問い詰めに来たと。

「はあ…そんな理由で会いに来たってわけですかい」
「そんな理由で悪かったな」
「待ってたんですよ?柄にもなくそわそわしながら」
「……想像してみたけどなかなか気持ち悪いな」
「失礼な。とにかく続きは城で聞きますから、一緒にどうです?」
「城?」
「ええ。大坂城に向かう途中でしてね」
「大坂城…?ああ、あそこの大きな城か」
「隠れてる間外の情報なんにも入ってなかったんですか?」
「支障はなかったからなあ…誰の城なんだ?」
「ご存知、羽柴秀吉…まあ、今は豊臣の姓でいらっしゃいますが」
「秀吉公かあ…そりゃまた懐かしい名前が出たな…あれ、ということは左近くんもついにちゃんとした仕官先決まったのか?」
「嬉しいことに、ね。ぜひあんたにも会わせた」
「左近」
「「!」」

話を遮ったのは静かな声だったが、たしかに俺たちの耳を貫いた。またまた噂をすればなんとやら。殿自ら来られなくてもと口を開こうとしたが言葉は出なかった。振り向いた時に映った顔が、なんとも間抜けなそれだったからだ。

「……なんて顔してるんです、殿」

殿、もとい石田三成。牢人だった俺を惚れさせた器を持つ、まだまだ若いながらも侮れない切れ者だ。どちらかといえば無表情なことが多い殿ではあるが、今は目を見開き口もだらしなくポカンと開けて、文字通り呆けている。正則辺りが見ればきっと爆笑するだろうなと思いつつ、もう一度殿、と声を掛けた。

「どうかしましたか?ああ、紹介が遅れましたね。こちらは」
「なまえ、」
「え、」
「…ん?僕を知ってるのか?」

目線をたどるとどうやら俺の後ろにいたなまえさんを見ていた様子。そういえばと紹介しようとすると先に名前を出されて驚いた。それは俺だけではなかったようだが。

「え、殿、ご存知で?」
「若いのに珍しいなあ。どこかの戦で会ったっけ?」
「っ、ふざけるな!俺を忘れたのか!?」
「ぐえっ」
「ちょっ、殿!?」

嬉しそうに尋ねるなまえさんの胸ぐらを掴み叫んだ殿にまた驚いた。まさか、知り合い?

「……あれ、もしかして」
「………」
「……佐吉くん、か?」
「…遅い、馬鹿」
「え、嘘、ええええほんとに佐吉くん!?おっきくなったなあ!」
「当たり前だ。最後に会ったのはいつだと思っている」
「もう何年も前だからなあ…しかし驚いた…こんなに小さかったのにな」
「うるさい。左近の前で昔の話をするな。それより今までどこにいたのだ」
「みんなそれ聞くよなあ…まあ当たり前か」

…ひょっとしなくてものけ者にされてますよねえ、俺。しかしまさか殿とまでお知り合いだったとは。この人の人脈の広さにはつくづく驚かされる。

「…ま、積もる話もあるでしょうが、そろそろ行きませんか?お二方」
「それもそうだな…ん?ということは夜叉丸くんとか市松くんにも会えるのか?」
「あいつらには会わなくてもいい」
「うわー懐かしいなあ…よーし急ぐぞ左近くん!佐吉くん!」

なまえさんが話す名前は恐らく殿と同じあの子飼いの二人のことだろう。殿の話を右から左へ受け流し、楽しそうに城の方へ走っていった。その後ろ姿を見てため息を吐いた殿に、自然と笑みがこぼれる。

「…どうやら深い仲だそうで?佐吉殿」
「黙れ……お前も知り合いだったのか」
「殿がご存知だとは思わなかったんでね、話してなかっただけですよ」
「………」

殿はしばらくなまえさんの後ろ姿を見つめたあと、黙って歩き出した。どういう仲かは知らないが、殿の反応といい会話の内容といい非常に興味深い。それ以前に数年ぶりの再会だ。楽しむとしましょうかね、いろいろと。




(こっちも聞きたいことが山ほどあるんですよ、なまえさん)
(あんたいつから、そんなに表情豊かになったんです?)



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