さあて次はどこへ行こうか。隠居生活を脱してから早三日。まだまだ会いたい人物に会いきれていない。しかし時間はたんとあるのでそんなに焦らずとも平気だろう。そんなことをぼんやり考えながら、飛び移った木に座り込んだ。

「……誰?」
「ありゃりゃ、さあっすが師匠」
「!」
「こんなところで休憩ですかい?丸見えですぜい」

後ろに感じた気配に声を掛けて驚いた。これはこれは、愛しの愛弟子くのいちではないか。平静を装いながら振り向いて、いつもの笑顔を貼り付ける。

「弟子に背中を取られるとは僕も落ちたもんだなあ」
「またまたあ、本来ならこれですよ師匠」

そう言って自らの首を掻き切る動きを見せたくのいち。そうだな、それはないな。もしそこまで力が落ちたなら隠居生活に復帰しなければ。

「で、何してるんです?」
「んー、次どこ行こうかなって」
「ふーん」
「くのいちは?何してたんだよ」
「あたし?あたしは散歩中に師匠の気配を感じたんでぇ、ちょっと脅かしてみようかにゃ〜って」

くのいちはそう言いながら僕の隣に座った。あ、ちょっと近いなあ、とか思ってみる。まあ再会した時お姫様だっこしてたくらいだし今更なんだけど。

でも僕の気配に気付いてくれたこととか、自ら近寄ってきてくるとことか、そういう小さなことにいちいち胸をときめかせている辺り、まだ未練がましくこの子のことを好いてるんだなあと痛感した。

まぬけな話だ。この気持ちをなくすために離れたのに、結局会いたくなっちゃって、会ってまた性懲りもなく惹かれてく。感情がないとかなんとか言われてた伝説の忍びがこの様だ。そりゃあ小太郎くんだって呆れる。

「…どうなの、武田は」
「へ?……師匠のおすすめ通り、いいとこですよ。忍びのあたしにすら善くしてくれるし」
「そうか…後悔してないか?辛くないか?」
「にゃははっ、なまえ師匠〜余計な感情は一切消せって言ったのは師匠ですぜい?」
「………」
「……師匠…?」

黙り込んだ僕の顔を不思議そうに覗きこんでくる。可愛い。別れた当時被っていた帽子はもうなくて、代わりに綺麗な髪がてっぺんに結ばれていてゆらゆら揺れてる。

「…いや、君が楽しく過ごせてるならいいんだ。安心した」

ダメだ、目が離せなくなる。そのまま手を出しちゃいそうになったからサッと目を反らした。

「んまあ、楽しいっちゃ楽しいッスけど…」
「けど?」
「んー、やー、えとー、」
「?」

言葉を濁すくのいちに首をかしげつつ、やはり武田に送って正解だったなと思った。彼の言う通りだった。出来るだけ関東方面に居てほしかったから武田上杉北条どれかで迷っていたんだけど、北条には小太郎くんがいるし、上杉に行かせたら綾ちゃんにいじめられそうだし…と思って武田にいた彼に相談してみた結果、彼女は今武田の忍びとして働いている。

「どうした?悩み事でもあるのか?」
「………」
「…話しづらいことなのか?」
「……多分、これ言ったら」
「…言ったら?」
「あたし、忍び失格だって師匠に怒られちゃうかも」

にゃはは、と自嘲気味に笑うくのいち。忍び失格?どういうことだろう。いやちょっと待て、この会話、覚えがある。



『師匠にこれ言ったら、忍び失格だって、もうあたしのこと追い出しちゃうかも』
『…どういう、こと?』
『……あのね師匠、あたし、』



そこまで思い出して、自らそれを遮るように声を出した。

「怒らないよ」
「!」
「いくら師弟だって言ったって、もう君は子どもじゃない。立派な忍びだ。よっぽどのことじゃない限りそんな君を怒るなんてことしない。だから言って?」

極力優しく、優しく。そう心がけて話しかける。僕の声は震えていないだろうか。僕の顔は曇っていないだろうか。

いったい何を言われるんだろう。忍びをやめたい?なら大歓迎だ、こんな危険な世界君には向いていない。武田を裏切った?なら僕が命を懸けて守ってあげる。

それとも、もっと違う話?

「…ありがとうございます、師匠」
「!」
「これ、まだ誰にも直接話したことないんだけど、師匠になら…」

頬を染めながらそう言うくのいちは、やっぱりあの時と重なって見えた。まさか、いやそんな、

「実はあたし…」
「………」
「…好きな人が、出来ちゃって」

それから先の話はあんまり覚えていない。





(他者への愛なんて語らないで)



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