「新作できた?先生」
一人、だと思っていた。他の者はもうみんな眠りにつき、自分だけが未だに書物を漁っているものだと思っていた。それだけではない。その声はよく聞いた、そしてずっと聞きたかった、知人の声。毛利元就は驚きのあまり振り向くどころか声さえ出せなかった。
「場所変わっても紙臭いなあ…あれ、先生?聞いてる?」 「………」 「…まさかとは思うけど寝て」 「なまえ!」 「わ、」
ぴくりともしない元就に痺れを切らし顔を覗き込むと、瞬間自分の顔を鷲掴みにされたなまえ。完全に彼を視界に入れた元就の細い目は、徐々に大きく開いていき、やがてじわりじわりと潤んでいく。そんな元就の様子に今度はなまえが驚かされた。
「えっ、あの、せんせ?どうしたの?」 「どうしたのじゃ、ないよ、!」 「ええええええええごめん先生僕なんかしたかなあ」 「した」 「うっそ」 「戦死、したのかと、」 「するわけないだろ、僕を誰だと思ってるんだ」
傲慢な物言いながらもなまえは焦っていた。元就の目からぼたりぼたりと落ちていく涙は止まることを知らない。まるでなまえを責め立てるかのように次々こぼれ落ちていく。
どうしようかと頭を高速回転させる。久しぶりの再会ということで挨拶をと思って会いに行けばもう亡くなってしまったと聞き、そんなはずあるかと思い探してみればやはり隠居していた。やっと見つけたと思い声をかけてみたらこれだ。少しは驚くだろうかと期待してみたがまさかこれほどまでとは。ああでもないこうでもないと考えていると、元就は小さく口を開いた。
「…姿を消せば、探してくれると、思ったんだ」 「へ」 「だから、数年前からずっと、ここにいてね。けれど、待てども待てども君は現れやしなかった」 「………」 「もうそろそろ、後を追ってしまおうかと、思ってたところだよ」
生きててよかった。掠れた声でそう言うと、元就は力の限りなまえの体を抱き締めた。どうやら相当心配させていたみたいだとなまえは少しばかり反省した。しかしそこまで自分を待っていてくれたことに嬉しさを感じたのも事実。ごめんね、と言いつつその手を元就の背に回した。
「…今までずっと、どこに?」 「あー、それは秘密。でも今後はまた表でぶらぶらしてるからさ、いつでも会えるよ」 「本当かい?」 「うん。まあ用事がない日は極力会いにくるよ。新作読まないとだしね」 「…わかった。待ってるよ」
そこでようやくなまえの体を解放した元就。再び顔を見合わせ、どちらともなく笑い合う。しかしぐしゃぐしゃに濡れている元就の顔を優しく拭いてから立ち上がるなまえを見ると、元就はぎょっとした。
「もう行くのかい?」 「時間が時間だしなあ。先生ももう寝なよ」 「…私はまだ、眠くないから」 「だーめだって。若干隈できてるし」 「………」 「ちゃんと来るから。僕。だからちゃんと寝よう」 「……わかった」 「寂しがりな先生が眠るまで側にいてあげるよ」
くすくす笑うなまえをしばし見つめてから、やがて元就は彼に体を預けるようにして目を閉じた。感じるのはずっとずっと欲していた温もり。安心したのだろうか、元就は数分もせぬうちに眠ってしまった。宣言通りその様子を見届けたなまえは、元就を布団に寝かせた後、音も立てずその場から消えた。
(私の愛する忍び) (君なら見つけてくれると信じてた)
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