近くを通ったから。本当にそれだけだった。そんな些細な理由で大坂城に立ち寄った僕は激しく後悔することになる。
秀吉公とおねねちゃんに挨拶をしたのもつかの間、あっという間に佐吉くんに連れ去られてしまった。あらあらふふふと笑う豊臣夫妻に僕を助ける気なんてのはこれっぽっちもないようなので助けを求めるのは諦め、流されるままやって来たのは佐吉くんの自室。あれちょっと待ってなんか嫌な予感が、
「なっ、なまえ殿!?」 「あ、兼続くんだ。久しぶりだね」 「なんだ、もう顔見知りであったか」 「三成こそ、なまえ殿と知り合っていたのだな!なまえ殿、三成は多少素直でないところもありますが、曲がったことを嫌う誠実な男。無礼を働いたこともあるやもしれませぬが、気になさらないでいただきたい」 「貴様は俺のなんなのだよ!だいたい、なまえとは貴様と出会うよりもはるかに幼い頃からの仲だ。貴様よりもよく分かってくれている」 「なんと!?」 「まあ兼続くんよりはこの子のこと知ってる自信はあるかな」
佐吉くんの自室には懐かしい顔。前に初めて対面したときと変わらないやかましさだなあと、兼続くんを見つめた。あの佐吉くんと知り合いだったとは。それどころか、声を荒げて言葉を交わすくらいには信頼しているらしい。よかった、僕が面倒を見ていた頃は文字通り一匹狼だったからな。
「三成くんと兼続くんこそ知り合いだったなんてね。びっくり」 「ただの知り合いだ」 「何を言う三成!我ら義士三名、何があろうと心はひとつであると誓ったではないか!水臭いぞ!」 「うるさい」 「耳を塞ぐな三成!この照れ屋さんめ!」 「やかましい」 「仲良しだねえ」 「いやあお恥ずかしい!」 「俺もいろんな意味で恥ずかしい」 「ふはっ……あれ、待って、義士三名?あと一人は?」 「ああ、それは」 「三成殿!兼続殿!お待たせして申し訳ありま……!」
謝罪の言葉と共に入ってきた赤を身に纏う男を見て、僕はすべてを悟った。さっきの嫌な予感はこれだったか。最悪だ目もばっちり合ったし佐吉くんにがっちり捕まってるしで逃げられない。
あの子は……ああ、よかった。そばにはいないみたいだ。けれど近くにはいるはず。あんまり長居しない方がよさそうだな。
「……なまえ殿…」 「なんだなまえ、幸村とも会っていたのか」 「まあ、成り行きで?」 「ならば紹介する手間が省けましたな!幸村を含め我々義士三名、義のため愛のためこの泰平の世の未来を」 「なまえ殿!この幸村、あの日からずっと貴方にもう一度お会いしとうございました!」 「まっ、幸村!まだ私が喋っていたのに!」 「そしてなんだその台詞は。事と場合によっては城から追い出すぞ幸村」 「え?」 「三成くん怖いから。それと、僕に会いたかったって、どういうこと?」
相変わらずやかましい兼続くんと明らかに不機嫌になった佐吉くんを抑えつつ、真田幸村を見つめる。もう一度会いたかったって、逆だろ普通。こてんぱんにされたあげく意味わかんない一方的な約束を取り付けてきた相手にもう一度会いたかったってどういうことだ…ああ、あれかな。約束の意味がわかんないから問いただしたかったとか?きっとあの子は教えないだろうからな。でもそれにしてはすっごい嬉しそうな顔してる。気のせいかな。
もちろん僕の方は顔も見たくなかったけどね!でもまあ佐吉くんや兼続くんがいる手前、無下には扱えない。どうしたものか。
「どういうこと、と問われましても……うまく言葉が見つかりません」 「?」 「ちゃんとした理由がわかりませんでした。けれどもう一度お会いしたかった」 「……今こうして会えて、理由はわかった?」 「いいえ、わかりません。ですが、今とても、嬉しいです」 「…………」 「……よし、わかった。帰れ幸村」 「えっ、」 「待て三成それはおかしい!ずっと会いたかった御仁と会えて嬉しい気持ちになる、それのなにがいけない!その気持ち、痛いほどよくわかるぞ幸村!私も初めてなまえ殿とお会いした時、それはそれは」 「なまえは初めて出会った時から俺のものだ。後から来たくせに好き放題言っているがあまり調子に乗るなよ?今すぐ二人まとめて追い出してやってもいいんだぞ」 「それが客人に、そして同志に対する言葉か三成!そしてお前まで私の台詞に被せてくるなんてひどいぞ!不義だ!」 「なまえが来ると知っていれば最初から貴様らなど呼んでいない」 「それはあんまりです三成殿!私はただ純粋に…」 「信じられんな」 「即答……君ら本当に仲良しなんだね」
まるで夜叉丸くんや市松くんがいるみたいだ。さっき兼続くんが言っていたように佐吉くんが二人を呼んだとしたのなら、扱いはともかく本当に信頼しているんだろう。二人もそれを知った上で仲良く付き合ってくれている。楽しそうで何よりだ。真田幸村の件についてはなんとか流せたし、結果よければすべてよしってやつだな。多分。
(………あ…)
瞬間上から感じた視線と気配。どうやら僕と話したいらしい。
「……すまない佐吉くん、ちょっと離してくれる?」 「佐吉?」 「っ、お前、名前を」 「わざとだよ、隙あり!」 「!」
二人の前で幼名を出すと、簡単に動揺した佐吉くん。その隙に腕から逃れた。
「真田幸村。君の忍び、ちょっと借りるね」 「え、あ、わかりました!」
早口でそう伝えて部屋を出る。そのまま飛び上がり屋根へと移動すると、彼女は待っていた。風で乱れる前髪が鬱陶しい。彼女の顔が怒っているように見えるのは、同じように風で髪を乱されているからだと思いたい。まあ違うんだろうけど。
「……師匠…」
久々の会話を楽しもうなんて雰囲気ではなさそうだ。
(さあ、どんな話をしようか)
151208
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