秀吉様から文が届いた。なんでも直接相談したい案件があるとのこと。すぐに馬を走らせ大坂城へと向かったが、その途中に馬が怪我をしてしまい進行が困難になってしまった。少し遠いが最寄りの村まで戻り馬を借りるかと思案していると、突如現れたのは……

「……こんな山奥で何してんの官兵衛くん」
「……卿こそ何をしている」
「僕?僕はー、えーっとー……散歩?」
「聞き返すな」

首をかしげこちらを見据えるなまえ。多分散歩だと答えた忍びにため息を吐き、こちらも事情を軽く説明した。

「なるほど、つまり要約すると困ってるわけだ」
「……そうなるな」
「なるほどなるほど…ふーん…」

なにやら嫌な笑みを浮かべるなまえにまたため息。なんだその顔は、何が言いたいのだ。直接尋ねたいが、そうすれば最後な気がして迂闊に伝えることが出来ない。

なまえが現れようとも現れなくとも困っていることには変わりない。とりあえずは馬の手配を優先するべきだろう。状況を聞いてもそれ以上特に追求してこないなまえは放置し、馬の手綱を掴み直した。

「こほんっ……えー、官兵衛くん」
「………………なんだ」
「なんだよその間……もしかして、近くの村に引き返すつもり?」
「……無論。それが最善だと考えている」
「戻るとなると、ここから一番近くの村へ行くとしても、今からだとあっという間に日が暮れちゃうねえ」
「…………」
「そうなると馬は手配できても大坂城まではまだまだ遠いし、出発は翌日になってしまう」
「…………」
「秀吉公からのお呼びだしなんだろ?できる限り早く到着したいよねえー…?」
「…………何が言いたい」
「ふっふっふ……官兵衛くんがどうしてもって言うなら、僕が大坂城までひとっ飛びで連れてってあげるよ?」

……目的はそこであったか、と頭を抱えた。半兵衛のように意地の悪い顔をしているなまえを睨んでみても、特に効果はないようである。この男にしてはなかなかの悪巧みだ。

非常に残念ながら、今回ばかりはなまえの言葉に反論することが出来ない。たしかに実力派の忍びであるなまえに任せれば、村へ戻る時間を省けるどころか、馬よりも素早く安全に辿り着くことが出来るだろう。しかも自分がたった一言懇願すれば済む話。こんなにもうまい話があるだろうか。

「…………」
「さあどうする?お願いするならすぐ連れてってあげるよ」
「…………」
「それが嫌なら村まで戻って、のんびり大坂城へ行くといい」
「…………」
「あ、でもただお願いしてもらうってのはなんだか勿体ないからー…なんて言ってもらおうかな…うーん…」

にやにやにやにや。分かっていてやっているのだこの男は。私がすぐにそれに応じようとしないと知っているから、反応を楽しんでいる。大したことのない用事であれば少し手間がかかろうと無視してやるのだが、今回ばかりは従う他ないようだ。

「……はあ……わかった」
「え!」
「……卿の力を借りたい」
「…………」
「……手を貸してほしい」
「…………」
「……頼む」
「…………」
「……っ、大坂城へ連れていってほしい。卿の力が必要なのだ。これで満足か?」
「……しっかたないなー!官兵衛くんがそこまで言うんなら、連れてってあげよう」

今度は清々しいまでの満面の笑みでそう答えたなまえ。これも秀吉様の為だ、仕方あるまい。この借りはいつか必ず数倍にして返してやる。

じゃあ行くか、となまえは軽々私を抱えた……いやちょっと待て。

「……おぶれば良いではないか」
「え?いや、官兵衛くんの衣装おぶりにくいから」
「だからといってこのような、」
「ふはっ、照れてんの?じゃあ余計下ろしてあげない」
「っ!」

私の言葉を無視し、そのまま高々と飛び上がったなまえ。必然的に体を密着させてしまうことになるので、余計に顔の近さが気になった。

馬が、木々が、どんどん遠退いていく。この調子だと本当にあっという間に着いてしまいそうだ。それでも意識は目的地である城よりも過ぎ去っていく景色よりも、すぐ目前にあるなまえの顔へ向かってしまう。ここまで近くで顔を見るのは初めてだ。

「……照れるからそんな見ないでよ」
「どの口がそのようなことを」
「いやいや本当に。もうすぐ着くからもうちょい我慢してね」
「その事に関してはもう諦めた」
「……そうだね、何事も諦めが肝心だよね」

……なにか失言してしまっただろうか。明らかに声色が変わったことに気付く。しかし問うたところでちゃんとした答えなど返ってこないだろうと、気付かぬふりをした。

「…官兵衛くんはさあ」
「!」
「心の底から、本気で好きな人がいて、でもその恋は絶対に叶わないって言われたら、どうする?」
「……質問の意図が分からぬな」
「例えば、の話だよ。官兵衛くんならどうする?諦める?想い続ける?」
「………諦める、だろうな」
「…………」
「だがそれは最終手段だ。本当に手立てがないと、万策尽きたと自分が納得するまでは諦めるつもりなど毛頭ない」

恐らくこの手の質問は、軽く尋ねているように見せて、本心で向き合ってほしいのだと思う。そう勝手に解釈し、偽りなしの本音をぶつけてやった。

その質問にも出てきた叶わない恋とやらをしているのか。諦めてしまおうとしているのか。それでも諦めきれないのか。すべてが自身のことなのか、それともまったくの架空の話なのか。考えてみても意図はわからないが、関係ない。こちらとてまだ諦めるつもりはないのだから。

「……意外。即答で諦めるって言うか、下らぬとか言って無視するかと思った」
「私をなんだと思っているのだ」
「ごめんごめん。ありがとね」

すっきりしたのか、質問した時よりも幾分か晴れやかな表情になった。

「なんというか……難しいよね」
「…卿ほどの男でも、その手のことは難しいのだな」
「官兵衛くんこそ僕をなんだと思ってるんだよ。僕だってただの男だぞ」

苦笑いする綺麗な顔を数秒見つめたあと、そのままなにも返さずに視線を逸らした。

果たしてただの男がこれほどまでに他人を惹き付けてしまうだろうか。この男は自分がどれほど数多の人物から求められているのか分かっていない。だからこそ、もしも本当に叶わぬ恋をしていると言うのならそれが些か信じられない。少しだけ、同情した。




(けれど醜い私は)
(その恋が早く終わってしまえばいいと願ってしまうのだ)


151025