(あれ、おかしいな)
元より荒れていた室内をさらに荒らしながら書物を探す。おかしいおかしい、たしかここら辺にしまっていたはず。しかし最後に片付けたのがいつかもわからないので、ひょっとするともうこの部屋ではなく別の部屋にしまってあるのかもしれない。もっと普段から整理整頓すべきだなあと、直す予定もない自分の大雑把さに呆れた。
仕方ない、また探しておくから今日は諦めてもらおう。そう思い客間へ戻ろうとした。
「先生」 「!」
縁側から聞こえたのは愛しいあの子の声だった。そう頭が理解し瞬時に振り向くと、そこにいたのはやはりなまえだった。
「なまえ!どうしてここに?もうやるべきこととやらは終わったのかい?」 「うん、これでぜーんぶ終わったよ」
待たせてごめんね。申し訳なさそうに笑うなまえは、そのまま私の目前まで歩み寄ってきた。
靡く栗色の髪も、澄んだ黒い瞳も、柔らかく笑みを浮かべる唇も、なにもかもなまえのそれと同様だった。
「……でも、残念だったね」 「…先生…?」 「あの子は私と話す時、そんなにも分かりやすく殺気を放ってくるような子じゃないよ」
君は誰だ?ここまで言えば分かるだろう、そんな変化なんてお見通しだということが。呆気にとられて目をぱちくりさせている姿はなまえの容姿そのものだから可愛いけれど、これはなまえじゃない。
こちらが纏う雰囲気の変化に気付いたのか、なまえの姿をした人物は顔を歪ませて笑った。
「……ククク…」 「!」 「先生はお利口さんだな、褒美に姿を見せてやろう」
ぶわりと黒い光が部屋を包んだ。眩いそれに目をつぶると、光はたちまち消えていき、姿を現したのは…
「……風魔小太郎か」 「毛利元就、うぬに悲報を届けに来てやったぞ」 「悲報?」 「うぬが愛してやまない可愛いなまえは、もう二度とここへは来ない」 「……それはなまえ本人の意思かい?それとも君がどうこうしてそうするということかな」 「前者だ、と言えば諦めるか?」 「まさか。恐らくそれは君の虚言だろう」
約束したのだ、私たちは。あの子は必ず私のもとへ帰ってくる。そのために約束をしたし、そのために一時的に手放している。
万が一本当になまえが私の元へ戻ることを拒もうとしていたとしても関係ない。もう二度と手放すつもりはないのだから。ありとあらゆる手を使って確実に捕まえる。そうしたらそのまま閉じ込めてしまおう。もう私以外の誰の目にも触れないように。
「……またあの子を奪おうとするなら、今度は容赦しないよ」 「奪う?それは違うな。あれは風魔の、我の所有物。奪おうとしているのはうぬの方だ」 「所有物ねえ…」 「あれを安心して我が手中におさめるためには、うぬの存在は邪魔でしかない。今ここで消えてもらう」 「……なまえにしがみついていただけの小さな狼が、言うようになったじゃないか」 「クク……その喉笛、噛み千切ってくれる」 「っ!」
瞬間、突風が吹いた。ばさばさと音を立てて散らばる書物。両手で風を防ごうとした途端、そのまま風魔が突っ込んできた。しまったと思ったが、背後にも人の気配が。
「雷切!!」 「ぐっ…!?」
ばちばちばりばりと大きな音を立てて、横一線に伸びた稲妻が風魔に直撃した。うめき声を上げた風魔は、しばらくすると稲妻とともに消えてしまった。どうやら分身だったらしい。
「……助かったよ、ギン千代」 「なかなか戻らんと思えば、今のは北条の忍びではないか!何をしたのだ貴様は!」 「すみません元就公、彼女これでも心配してるんですよ」 「ああ、わかってるよ」
でも、室内で雷切を振るうのは今回が最後にしてほしいかな。仕方なかったとはいえ、私の作品たちの一部が焼け焦げてしまった。まだなまえに読ませていないのに……。
客間にいたはずの立花夫妻のおかげで、とりあえず一難去った。しかし今後も執拗に仕掛けてくるだろう。むしろ今まで大人しかったのが不気味なくらいだ。
「それで、彼とはどういったご関係で?」 「…大事なものをね、狙われてるんだ」 「大事なもの?まさか、また貴様の書いた下らぬ文献などとは言うまいな」 「酷い言い種だな……けど、違うよ。それももちろん大事だけどね」 「書物ではない……となると、家宝かなにかですか?」 「いや、物じゃない。人なんだ」
前にも一度奪われている。だから、今度こそ守りきって見せるよ。だってあの子は、私だけのものなんだから。
首をかしげる二人は、きっとなにも知らない。
(君を守るためなら) (他の誰かの死だっていとわない)
150924
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