「だーれだっ」
「ぎゃあっ!?」

探し人は思いの外すぐに見つかったので、少しいたずらすることにした。女の子向けの装飾品を真剣に物色している後ろ姿に抜き足差し足忍び足でこっそり近付いて、素早く目隠し。お決まりの台詞を言うと、飛び出したのは女の子らしからぬ悲鳴。なるほどこりゃ小僧だなんだと言われるわけだ。

「甲斐ちゃん、もう少し女の子らしい反応した方がいいと思うんだけど」
「っ、待って、その声知ってる!」
「知ってると思うよ」
「えー、っとー……えっ、もしかして、なまえさん…!?」
「おっ、やるじゃん!」
「!!!」

一発で正解した甲斐ちゃんに驚く。手を離して顔を覗き込むと、そこにはやっぱり可愛い女の子の素顔があった。顔を真っ赤にして頬に手を当てる甲斐ちゃんはやはりどこからどう見ても女の子である。小太郎くんも氏康公も意地悪だよなあ。愛ゆえだろうけど。

「久しぶり。驚かせてごめんね?」
「い、や、あの、そのっ、」
「なに見てたの?首飾り?」
「あっ、」

甲斐ちゃんが物色していた場所を見ると、そこには色鮮やかなたくさんの首飾りが並べられていた。桃色やら黄色やら水色やら、女の子が好きそうな色ばかり。値段は……おおおお、そこそこ高いな。こりゃ真剣に悩むわけだ。

「最近、ずっと付けてたやつが壊れちゃって…それで新しいのを見に来てたんです」
「ふーん……当ててやろうか?甲斐ちゃんが欲しいのはずばり、紅色のこれだ!」
「残念、違いまーす!」
「なに!」
「ちょっと暗めだけど、この黒いのにしようかなって」
「黒?」

甲斐ちゃんが手に持ったそれを見ると、太陽の光を浴びて鈍く光る黒い石が埋められていた。彼女の身なりには黒も含まれているけれど、意外だな。もっと明るい色を選ぶと思っていたのに。まあ人の好みなんてそれぞれか。

それを買うのかと尋ねると、やはり値段が値段なので足踏みしている様子。それなら、と彼女の手からその首飾りを貰い受け、驚く彼女を他所に代わりに精算をしておいた。

「ん」
「ん、じゃないですよ!!それぐらい払えるのに!!」
「いいじゃん、僕が買ってあげたかったから買っただけだよ」
「そ、そんな、でも…」
「女の子なんだから遠慮しない。ほら、後ろ向いてみ?」
「わわっ、」

甲斐ちゃんを無理矢理後ろに向かせて、そのまま後ろから首飾りを付けてやった。擽ったそうに体を捩る姿が可愛い。

はい、と合図をすると、おずおずと体をこちらへ向けた甲斐ちゃん。胸元で存在感を放つそれは、やはり鈍く光っていた。付ける前は分からなかったが、付けてみると案外纏う服の赤とうまく調和している。

「うん、似合ってる。可愛いよ」
「かっ……ありがと、ございます…」
「女の子だもんね、お洒落にだって気を使うのが普通だもん。今回の件は僕がしたくてしたことだから本当に気にしないで」
「……まだ二回しか会ってないのに…どうしてそんなに優しいんですかぁ、もお……!」
「え」
「やっぱりあたしの気が済みません!ついてきてくださいなまえさん!」

握りこぶしを作ってわなわな震えたかと思うと、今度は真剣な表情になってそう叫んだ。僕の腕を掴んでそのまま引っ張っていく力が思いの外強くてびっくり。見た目によらず実は結構怪力?

「どこ行くの?」
「美味しい行き付けの甘味処があるんです!ご馳走させてください!」
「えっ、いいってそんなの。言ったでしょ?僕が買ってあげたかっただけだってば」
「あたしも一緒です!あたしがなまえさんと一緒に甘味を食べたいだけだから気にしないでください!」

あ、やり返された。そう思っては見るものの、これ以上無理には止めるまい。何よりずかずかと僕を引っ張り歩く甲斐ちゃんが可愛いのが一番の理由かな。女の子に構われて幸せだ。今度孫市くんに会ったら自慢してやろう。





「美味しかったねえ」
「……また支払われた……」
「女の子に奢らせるわけにはいかないからねー」
「……ありがとうございます…」

悔しそうに顔をしかめている甲斐ちゃんが面白い。当たり前でしょ、一緒に食べることには賛成したけど奢ってもらうことには賛成した覚えはないからね。それにしても素直ないい子だなあ。見てて飽きないし。

表に出ている腰掛けに二人して並んで座る。今日もいい天気だなあ。昨日真田幸村を撃ち取った時もいい天気だったなあ。あれからあの二人、どうなったんだろう。真田幸村の様子や口ぶりからして、あの子の気持ちには気付いてないみたいだったけれど。

まあ僕にはもう関係のないことか。

「……そういえばなまえさん、どうしてここに?」
「んー、小太郎くんを探しに来たんだけどいないって言われてさ。その時一緒に、甲斐ちゃんが僕に会いたがってるって聞いて探しに来たの」
「そうなんですか……はあ!?ちょ、なんですかそれ!!誰が言ってたんですか!?」
「氏康公」
「〜〜〜っ、お館様……!!!」
「あれ、違った?」
「えっ!?い、や、嘘じゃないです、けど…」

だんだん小さくなる語尾に笑ってしまった。本当に分かりやすいなこの子。小太郎くんとは正反対だ。

「別に隠す必要ないって。それ聞いて嬉しかったし、そうでなくとも僕も会いたかったし」
「!!!」
「あの子……くのいちと友達なんだってね。仲良くしてくれてありがとう」
「あっ、あたしもあの子になまえさんが師匠だって話聞きました!ていうかお礼言われるほどのことじゃないっていうか…」
「いやいや、大きなことだよ。あの子に友達だなんて驚いたからさ。これからも側にいてあげてね」
「…言われなくても、そのつもりです!」

今日一番の笑顔でそう言ってくれた甲斐ちゃん。

あー、なんか、癒される。

「……ごめん甲斐ちゃん、肩借りていい?」
「え……っ!?」

ぽすん。甲斐ちゃんの細い肩に頭を預けた。瞬間固くなってしまった彼女の体に気付かないふりをして目を閉じる。いい匂いするなー。女の子の匂いだ。あれ、僕なんか変態みたい。

遠くに聞こえる甘味処の客の話し声とか、小鳥の鳴き声とか、微かに吹いてるそよ風とか、ぽかぽかと丁度いい暖かさの日光とか、すべてが絶妙に重なりあって、疲れた体に眠気を誘う。気持ちいいなあ。このまま寝ちゃったら怒られるかなあ。

「……なまえ、さん」
「んー……」
「…髪、触ってもいいですか?」
「んー、いいよー…」

ぎこちなくそっと髪に触れた手は、昨日の左近くんのそれよりもずっとビクビクしていて、いとおしく感じた。左近くんは甘えることを知るべきだって言ってたな。でも甘えるなら君みたいなばっちばちの男じゃなくって、やっぱりこういう女の子相手じゃなきゃなー。

そろそろいい感じに眠くなってきた頃、ふとどこからか射抜くような視線を感じた。やばい、小太郎くんかな。でももう眠いしな。邪魔されたら起きるけど傍観するだけならもう放っておこう。おやすみなさい。



(いい夢が見れますように)


150927