左近くんと別れてから少し休んで、でも落ち着かなかったから小田原へと足を運んだ。なんでかな、以前別れた時は話すのも面倒だったのに。小太郎くんに会いたくなった。絶対にここにいるっていう確証はないけれど、可能性が一番高いのはここだろう。

と、思ったがやはり予想は外れたらしい。

「小太郎なら野暮用だっつって出てるぞ」
「あちゃー…そうですか…行き先は?」
「俺が知るか」
「ですよねー」
「ただ、今はここにはいねえな。いつ帰ってくるのかもわからねえ」

城にいた氏康公に話を聞くが当ては外れたようだ。そういえば何気に久々の再会かもしれない。隠居以降会ってなかったような。

僕の言葉に返事をしたあと、再び持っていた煙管をくわえた氏康公。ぷかぷか浮かぶ煙はいたずらな風に掻き消されていくが、この風は小太郎くんのものではない。

「……順番が逆になっちゃったんですけど、お久しぶりです、氏康公」
「まったくだこのド阿呆。俺への挨拶より先にあいつの話たぁ偉くなったもんだぜ」
「うっ…すみませんって…」
「すっかりくたばっちまったと思ってたがな」
「しぶとく生きてましたすみません」

苦笑いしながらそう答えつつ、ふと違和感。くたばってたと思ってたってことは、僕がずっと隠れてたってことを知らなかったのか?変だな、小太郎くんなら話してると思ったのに。

「小太郎くん、なにも言ってなかったんですか?」
「あ?」
「僕が隠れてる間、小太郎くんとだけは時々会ってたんですよ」

詳しい近況報告はせずとも、生死ぐらいは伝えていると思っていた。そう告げると、肩を竦めて笑った氏康公。何をバカなことを、みたいな顔してる。僕変なこと言ったかな。

「あいつが進んでてめえの話をしたことなんざ一度もねえな」
「へー…まあそれでなくても人と積極的に話そうとするような子ではないですもんね」
「先代とはまるで逆だ」
「っ」

先代。久しぶりに聞く言葉に胸がざわついた。

小太郎くんが“小太郎”になるまで風魔の頭領として、そして僕の育て親として側にいてくれた、四代目小太郎。小太郎くんは五代目だから、今はもう先代になる。僕の大切な人。僕の大恩人の一人だ。

小太郎くんと先代の組み合わせの話だなんて、隠居前なら死んでも聞こうとしなかっただろう。しかし時の流れとはすごいもので、今なら少し気分が悪くなるものの、聞けないことはない。なにより僕の知らない先代の話が聞けるのだ。耳を背ける理由はない。

「……まるで逆、というと?」
「あの親馬鹿、こっちが聞いてなくても構わずべらべらべらべら話してたぜ。お前が将を倒せるようになっただの、暗殺の腕が上達しただの、あんなに出来た子なのにいい女の一人もいないだの…」
「そ、そんなことまで…恥ずかしすぎる…」
「…後を継がせるかどうか迷ってる、とも言ってやがったな」
「え、」
「今だから言ってやれるが、あいつはてめえを信頼してねえから継がせなかったんじゃねえ……ま、簡単に言やぁてめえを案じての行動だった」
「………」
「優しいあの子が後を継げるわけがないっつってな。俺は詳しいことまでは知らねえが、てめえなら知ってんだろ」

“小太郎”の襲名条件を。

もちろん、知ってる。だけど教えてくれたのは先代ではなく小太郎くんだった。それまでなにも知らずにのうのうと側にいた自分を何度憎んだだろう。もっと早く知っていたならば、違う方法を探せたはずなのに。先代が死ぬことはなかったはずなのに。

襲名条件は言ってしまえば簡単。現頭領と合意の上で正式な試合をし、殺せばいい。しかし当然ながら生半可な気持ちだと逆に殺される。死闘の末、小太郎くんは勝った。僕がそこに辿り着いたのは、すべてが終わってしまった後だった。返り血にまみれた小太郎くんと、もう動かない先代を交互に見て、その場に崩れ落ち発狂した。

仇を討とうと何度も思った。けれど、これは先代も了承した上での結果だ。部外者である僕が勝手をすれば、先代の死が無駄になる。だからと言ってそのまま風魔に残ることも出来なかった僕は黙って単独行動をとることにした。抜け忍扱いとして命を狙われてもおかしくなかったのに、追っ手の一つもないどころかそれ以降も小太郎くんは僕の前に平然として現れたのだから恐れ入る。

「……ありがとうございました」
「!」
「先代の話なんて、もうすることも聞くこともないと思ってたのに。以前までの僕なら、思い出すのも辛かった。良いきっかけになったと思います」

小太郎くんがあまりにもしつこく関わってくるから、恨むのも馬鹿らしくなったんだっけ。それ以前にずっと、それこそ兄弟みたいに過ごしてきたのに、そんな彼を心の底から憎みきれてなかったのも原因だったのかもしれない。気付けばほだされて、今も関係が続いてる。

先代の件もそうだ。今なら、小太郎くんと当時の話をすることが出来るかもしれない。長い長い隠居生活は無駄にはならなかった。

「もう行くのか」
「はい。またお邪魔します」
「今度は手土産の一つぐれえ用意してきやがれド阿呆……ああ、そういやあ」
「?」
「出ていく前に、成田のせがれに会ってやってくれ。ずっとてめえの話をしやがるんで鬱陶しいんだよ」
「成田のせがれ、というと」
「甲斐っつー小僧だ。前に会ったんだろ?」
「……僕の記憶が正しければ見目麗しい女の子だったと思うんですけど」
「あんなもん小僧で十分だ」

鼻で笑う氏康公にまた苦笑いがこぼれた。そうか、甲斐ちゃんが会いたがってくれてるのか。僕もあの子のことで話がしたかったし丁度いい。


『とにかく、出来るだけ会うの控えてください!約束!じゃないと師匠のこと嫌いになるから!』


あの子の言葉が一瞬浮かんで、けれどすぐに消えた。




(もうとっくに嫌われちゃっただろうしな)


150927