幸村様からのおつかいの帰り道。さあやっと城内へ……と思って地に降りると、珍しい人影を発見した。珍しいというか久々というか、とにかくあまり見慣れないそれがすぐに目についたのである。手荷物を持ったままスススと近付いたけれど、すぐに気付かれてしまった。

「おやおや、これは……」
「こんなとこで何してるんですか?ていうかお久しぶりッスね旦那」
「いやね、いまちょっと中が面白いことになってて。魅入っちまってたんですよ」

稽古場の入口に立って中を覗いていたのは左近の旦那だった。面白いこと?首をかしげ旦那の横から中を覗く。

そして絶句した。


「はあっ、はあっ、!」
「はっ……こんなもんか、お前」
「っ、まだまだァ!!」


主である幸村様と、師匠であるなまえさんが手合わせをしている。それだけなら何も思わなかった……いや、自分の気持ちを知っている彼が幸村様と手合わせをしている時点でおかしいが、それもまあ百歩譲ってよしとする。あの師匠が相手なのだ、幸村様の方からお願いしたのかもしれないし。

問題は、どちらも木刀などではなく真剣を使ってやりあっているということだ。

「ちょっと、」
「割って入ってどうするつもりです?」
「どうするって…止めるに決まってるでしょ!?ていうかなんで旦那はボーッと見てるわけ!?」
「本当に不味いと思ったら止めますよ。だが、それはまだだ。今止めに入ったところで二人とも止まらない」

それでも止めるってのかい?

あたしの手を掴んだまま旦那はそう言った。たしかにあたしじゃあの二人を止めるなんて無理だろう。でも、だからってこんな、見てることしかできないなんて、

(師匠が相手じゃ幸村様だって敵わない)

そう思ってしまうのは忍び失格なのだろうか。

「もらった!」
「っ!!」

一際大きな金属音。宙に舞ったのは幸村様の槍だった。目を見開く幸村様も気にせず、師匠は間髪いれずに懐に入りそのまま押し倒した。流れるようなその動きはもはや絵になるようで、けれどそんな悠長に構えていられない。師匠の刀が、大きく振り上げられた。

「っ、幸村様!!!」

あたしの叫び声が響いたのと、師匠の刀が地を刺したのはほぼ同時だった。息が詰まる。まさか殺すわけないとは思っていたけれど、あまりにも空気が真剣すぎて叫ばずにはいられなかった。幸村様も死を覚悟しただろう。それほどまでに殺気立っていた。

「……楽しかったよ、真田幸村」
「はあ…は…っ」
「今回は僕の勝ち。でも君、相当な手練れだね。うん、そうだね、それじゃあ君にお願いするよ」

ぽつぽつと独り言のように話す師匠。どこか明るい声色とは裏腹に、その顔はひどく冷たくて、暗くて、怖い。

「あの子のこと、よろしくね」
「……あの子、とは…」
「悲しませたら、泣かせたりしたら、承知しないからね。そんなことしたら、次は本当に殺す」

それだけ告げると徐に立ち上がり、刀を引き抜いた。そのままこちらへと歩を進める師匠の顔を見れない。

師匠は、どういう意図でこんなことをしたんだろう。あの子って、あたしのこと?そんなお節介なことがあるだろうか。手助けしてくれたつもりだろうか。余計なお世話だと言えばそれで終わりだけれど、お節介にしてはやりすぎだ。あたしがあんなことを言ったから幸村様がこんな目にあってしまった。あたしのせいだ。

「幸村様……!」

すれ違う師匠もそのままに、まだ仰向けになったままの主のもとへ駆けた。外傷が見当たらないのは、師匠が手加減していたおかげだろう。それでもまだ少しも動く気配がない。悔しいのか、師匠の言葉がわからないのか、それともどこかに怪我を負ったのか。

しかし彼の顔は、そのどれにも当てはまらない、どこか嬉々としたような表情を浮かべていた。

「幸村、さま…?」
「……あのお方は、」
「!」
「あのお方は、そなたの師であると聞いた」
「は、はい、そうですけど」
「…名は、なんというのだろうか」

名を聞きそびれてしまった。また会えるだろうか。あのようなお方は初めてだ。己の腕に自惚れていたわけてはないがこれほど完膚なきまでに破れるとも思わなかった。名はなんというのだろうか。どうしてそれほどの腕をお持ちなのだろうか。どこから来たのだろうか。なぜ私を知っていてくださったのだろうか。なぜ私に会いに来てくださったのだろうか。あの子とは誰なのだろうか。口ぶりからしてあのお方の大切な人と見える。そう思うと胸がちりりと痛むのはなぜだろう。ついさっき会ったばかりだというのに、こんなにも気になるなんて。

あたしの言葉も待たずに紡がれる言葉たち。なんだろう、この違和感。好敵手を見つけた?違う。師として仰ぎたい?違う。そんなわけないって頭が叫んでるのに、まるで、恋い慕う相手に対するような言葉。

ようやく起き上がった幸村様は、そばにいたあたしではなく、もうすでに誰もいなくなった稽古場の出入り口を見つめていた。



(明らかに、なにかが変わってしまった)


150922