「…つかれた…」
何が疲れたって、そんなもん政宗くんに決まってる。そりゃ昨晩は大変お世話になりましたよすっごい豪華な郷土料理の数々をご馳走になるわ広い浴場でゆったり湯浴みさせてもらうわおそれ多くも政宗くんのお部屋で一緒に寝させてもらうわ(もちろんあっちこっちからの視線が痛すぎてあんまり寝れてない)で、かなりのおもてなしをされたんですけどね。でも朝起きてさあ出発だって城出ようとしたらすっごい形相で政宗くんにしがみつかれてね。政宗くんもそうだけど後ろで控えてた家臣様たちもすごい怖いのなんのって…また絶対会いに行くからって30回くらい心込めて伝えた辺りでようやく解放してもらえたけどね。出発前にだいぶ力使っちゃったよこれ。
「しかもなに、君もあそこに行くつもり?」 「再会したばかりでなく目的地も一緒とは驚きましたよ。ご一緒しても?」 「えー」 「ありがとうございます」 「いいよなんて一言も言ってないのに…」
道中出会したのは何やら包みを持った左近くん。どうやら僕と同じ場所へ向かうらしい。あしらっても無駄だろうし仕方ない、一緒に行くか。
「その包みは?」 「先日知り合いからいただいた土産物です。久々に会う口実ってやつですよ」 「なるほど」 「なまえさんもあのお方に会いに?」 「それもあるけど、本命は宣戦布告的な」 「ああ、なるほどね…」
苦笑いする左近くんを横目に、少しずつ見えてきた大きな城を睨み付けた。
いざ、躑躅ヶ崎城へ。
「お久しぶりです、信玄公」 「右に同じく」 「左近になまえか…いやあ久しいのう。元気にしておったか?」 「ええ。信玄公こそお変わりないようで安心しましたよ」
僕単体で乗り込んだら怪しまれるところだったが、左近くんが居てくれて助かった。一応昔お世話になってたみたいだからね。僕は決まったところに仕官してたわけじゃないからなあ。
久しぶりに再会した信玄公。さっきも言ったけど、変わりなしって感じでよかった。謙信公もそうだったけどまだまだ大丈夫そうだな、この二人。
さて、軽く挨拶も済ませたし僕は本命の方に移動しないと。信玄公と左近くんが世間話をしているなか、きょろきょろと視線を散らした。真田幸村。名前は聞いたが顔は知らない。きっと城に入った時点であの子も僕に気付いてるだろうし、さっさと会ってさっさと済ましたいんだよなー…
「…あー、すいません信玄公。厠をお借りしても?」 「んん?ああ、いいよ。行っておいで」 「意外ですねなまえさん、あんたみたいな人なら黙って行っちまいそうなのに」 「失礼な。礼儀ぐらい弁えてるよ」
失礼極まりない左近くんを睨み付けて部屋をあとにした。まあ本当に礼儀弁えてるなら厠と称して場内探索なんてしないし、左近くんの言うことも一理あるか。
さあてそんなことより若武者若武者…若武者だし、居るとしたら稽古場かな。いくら平和とはいえずっと続くとは限らない。それほど名の知れた若武者なのなら、稽古の一つや二つしててもおかしくない。はず。ということで進路変更!厠から稽古場へ!場所わかんないけど人に聞けばいいか!ほらー丁度いい時に前から誰か歩いてきたし。
「どうも初めまして。唐突なんだけど、稽古場ってどこにあるのかな」 「は、稽古場ですか…あの、失礼ですが、あなたは…?」 「あー、ごめんごめん、唐突すぎたね。僕は左近くんの付き添いのしがない忍びです。よろしく」 「左近くん…左近殿も来ておられたのですね。しかし左近殿、しばらく会わないうちに忍びを雇われたのですか」 「雇っ……違うよ、そういうんじゃなくて腐れ縁みたいな感じ。雇われる側にだって選ぶ権利あるしね。左近くんの下っぱとか絶対やだ」 「腐れ縁…なるほど。その口ぶりからして、相当仲の良い間柄なのですね」
な…なんだこの爽やか男子…めちゃくちゃにこにこしてる。その笑顔が荒んだ人生を歩んでいた僕にはすごい眩しい。軽く目を細めてから用件を思い出した。いけないいけない。あまりの爽やかっぷりに忘れてしまいそうになっていた。
「えっと、左近くんの話はこれで置いといてさ、肝心の稽古場は?ちょっと用事があってさ」 「用件、と言いますと…」 「んー、その、まあぶっちゃけると人を探しててさ。知ってるかな、若武者らしいんだけど」 「人探しでしたか。それでしたら私もまだまだ若輩者なれど、顔は広いつもりです。ご協力致しましょう」 「えっ、ほんとに?悪いね」 「それで、その御仁の名は?」 「真田幸村っていうんだけど」 「え」 「え?」 「……真田の」 「うん、真田の幸村…えっ、ちょっと待って、え?まさか、え?」
名前を伝えるとぽかんとしてこちらを見つめた若人。嘘でしょ、まさかそんな都合よく現れるなんて…
「…私が、その幸村ですが」 「お前が幸村か!!!」 「っ、申し訳ありません!?」
思わず叫んでしまった。いきなりすぎて幸村くんもなんでだか謝っちゃったぞ。しかし驚いた、どんな偶然だこれ。まあ運が良かったと言えば良かったけど。
「あの…失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」 「いいや、今日この日この時が初めましてだ。僕は一方的に知ってたけどね」 「それは、なぜ?」 「僕は君に仕えているあの可愛い忍びの師匠だった。訳あって君に会いに来たんだ」 「!あの者の…そうでしたか…」
しかし、それでは私ではなく彼女に会いに来たのでは?とさっきから質問ばかり投げ掛けてくる幸村くん。仕方ないっちゃ仕方ないがなんでもかんでもほいほい答えるわけにはいかない。自分の用事をさっさと済ませて早く帰らないとあの子がうるさいからな。
「…真田幸村」 「はい」 「僕はむかーしむかし、闇の化身だなんだって大袈裟にもてはやされてた、しがない忍びだ」 「闇の化身…ま、まさか、あの伝説の…!?」 「君に決闘を申し込みに来た」
矢継ぎ早にそう告げると、彼は目を見開いた。
「得物を持って、稽古場へ案内してくれ」
僕はもう逃げない。自分の気持ちからもあの子からも。そのためにも手伝ってもらうよ、真田幸村くん。
(良い修行相手だと思って付き合ってよ)
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