本日最後の目的地、奥州に到着。しかし辺りは真っ暗。当たり前だ、今日は安土城から浜松城へ走って、そして春日山城からここ奥州へ。長旅過ぎる。さすがの僕の足もそろそろ悲鳴をあげるだろう。こんなに疲れたの久しぶりだ。

あの子の屋敷まで足を運ぼうと思ったがもう明日にしよう。いまお邪魔しても迷惑でしかないだろうし。そうと決まればどこか宿を探さなければ。お腹もすいた。

「…そこの旅のお方。宿をお探しか?」
「へ?僕?」
「このような時間に一人出歩く者などそうおるまい」
「あー…まあ、そうなりますね」

夜の町を歩いていると、頭巾を深く被った男が声をかけてきた。顔が見えないのでわからないが、声だけ聞くとずいぶん若く感じる。

どうやら僕が余所者だと知って声をかけてきたみたいだけど怪しいな。たしかにこんな時間だと出歩く人も少ないだろうが、それでも僕一人じゃない。金品目当ての賊か、それとも誰かに雇われて狙ってきた僕のことを知ってる刺客か。少し警戒した方がいいかもしれない。

「地元の人ですか?いい宿、知ってます?」
「…いい宿、な…一つ知っている。来るか?」
「そうなんだ、ぜひ行きたいな…その顔見せてくれたらね!」
「っ!」
「って…あれ?」

顔を隠すってことは見られたくないってこと。その顔を無理矢理見られたら、きっと本性表して襲いかかってくるはず。そう思って素早く頭巾を剥いでみたら、現れたのは隻眼茶髪の男。

その右目を塞ぐ眼帯はそんじょそこらの民や賊なんかじゃ手に入れられないような高価なものだ。そしてここは奥州。

「…政宗くん…?」
「ふん、気付いておらなんだか、馬鹿め」
「えっ、えええええええほんとに!?政宗くん!?なんで!?なにこの偶然!」
「簡単な話よ。事前に黒脛巾組に動向を調べさせた」
「うっそ…全然気付かなかった」

ニヤリと笑うその顔は昔と全く変わらない。奥州王伊達政宗。別れた当時はまだ心身ともにあんなに幼かったのに、すっかり立派になって…あれ、立派になりすぎだろなんか背丈変わんない気がする。あれ。

「…おっきくなったね」
「なんじゃその顔は、羨ましいか?」
「べっつにそんなんじゃないけど…やっぱりこれだけ時間が経つと成長もするわなーと思って」
「貴様の成長はもう止まってしまったようじゃのう」
「うるさい余計なお世話だよ…それで?せっかく待っててくれたんだ、素敵な宿を用意してくれてるんだろうね?」
「ふん、当たり前じゃ。行くぞ」

ちらちら見える小生意気なところも変わってないらしい。しかし僕は大人なので気にしてないぞ。断じて気にしてなんかいないぞ。ていうかよく一国の主がこんな時間に一人で出歩くの許されたな。小十郎くんとか成実くんとか仕事しろ仕事。

……あれ、おかしいな。行くぞって言ったわりに一歩も動かない。

「…政宗くん?」
「何をしておる」
「いやそれ僕の台詞なんだけど」
「はやく連れて行かぬか」
「えっ」

ん、と両手を広げてこちらを見つめる政宗くん。おや、これはもしかしなくても城まで運べ馬鹿めって言われてる?嘘だろ僕客人なのに。

「……しょうがないなあ」
「っ、」
「もともと城まで遊びにいこうかなって思ってたし、それなりにおもてなししてくれるんでしょ?」
「…わしを誰と心得る。粗末にもてなし自分の顔に泥を塗るなど馬鹿のすることよ」

ふふんと偉そうに笑う政宗くんだが体はそのまま僕の腕のなか。勢い余ってお姫様だっこしちゃったけど嫌がられなくてよかった。まあ過保護家臣様たちにはどやされそうだけど。

とんっと軽く地面を蹴り、宙を舞う。建物の屋根や木々を渡り、月明かりだけを頼りに城へ走った。ふと大きく飛び上がってみると、木々の影も雲の影もなくなり、月明かりがよりいっそう強くなった。そのまま大きな月へと目をやる。綺麗だなあ、思わずそう口にした。途端に僕の首に回された腕の力が強くなったので、目線を月から政宗くんへと移す。

「……どしたの」
「…覚えておるか。遠い昔、初めてわしを城から外へ連れ出してくれたことを」
「あー…そういえばその日も月が綺麗な夜だったね」

よーく覚えてるよ。だっていつも強気な君の涙を初めて見た日だったから。後にも先にも、その日だけだったな。ある意味奇跡だ。別に普段から見たいわけじゃあないけどさ。

「……なまえ」
「んー?」
「……今までどこで何をしておったのかも、なぜまた急に現れたのかも、わしのところへ来るのが遅すぎるのも…言いたいことも聞きたいことも腐るほどある」
「ですよねー…」
「じゃが」

また生きて会えてよかった。ぽつりとこぼされた弱々しいそれは、風に掻き消される前に僕の耳に届いた。

「…待たせてごめんね。ただいま」

返事のかわりにさらにきつくなった腕は微かに震えていた。



(光る目元には気付かなかったことにしておこう)


150718