「うふふ…やっと綾に会いに来ましたか、可愛い可愛いなまえ」 「いやあ僕なんかより綾ちゃんの方が断然可愛いって」 「まあ、相変わらずお上手な減らず口で安心しました。元気にやっていたのですね」 「減らず口って…意味間違ってない?」
にっこり笑いながら毒を吐く綾ちゃんも相変わらずみたいでよかったと苦笑いした。顔見た瞬間塩撒かれたからな。誰が幽霊だ。謙信公も苦い顔してたぞ。
所変わってここは春日山城。浜松城からだと武田の躑躅ヶ崎城の方が近かったんだけど、そこへ行くとすぐあの子に捕まると踏んだので、あえて上杉の方から先に寄ってみた。そしたらこの仕打ちだ。辛い。
「謙信公もお久しぶりです。こう言っちゃなんですけど…退屈なんじゃないですか?」 「…よい。戦なくとも、宿敵との闘争は終わらぬ」 「そうですよ。たしかに戦は終わりましたが、今でも謙信とあの甲斐の虎の戦いは続いています。盤上で」 「なるほどね。そりゃ平和的でなにより」
部屋のすみに将棋盤が見えた。戦好きのこの人のことだからさぞ複雑な心境なのではと思ったが余計な心配だったらしい。いい関係だよね、上杉さんとこと武田さんとこって。
「それで?生霊と成り果てた闇の化身が、聖なる上杉に何用です?」 「酷い言われようだな…てか霊じゃないし。用も何も、久しぶりだし顔見に来ただけだよ。なーんにも変わってないみたいだから安心した」 「あらあら…まるでなんの成長もせずにただだらだらと時を過ごしていたとでも言いたげな物言いですね」 「いやだから…あーもういい。言い訳するのも億劫だ」
ふふふと笑う綾ちゃんはやっぱり意地悪だ。あの子を武田に仕官させたのは正解らしい。つくづく思わされる。まあ根本から悪い人ってわけじゃないけどさ。
ふと綾ちゃんの隣の謙信公と目が合う。なにか言いたそうだ。見つめていると、静かに口を開いた。
「…なまえ、汝に会わせたい者がいる」 「会わせたい?綾ちゃんより可愛くて優しい女の子なら大歓迎ですけど」 「うろたえ者。その不純な心と根性、綾が叩き直してあげましょう」 「いやいや間に合ってるんで…それで、誰なんですか?」 「うむ…兼続」 「はっ!」 「わ」
謙信公が名前を呼ぶと、待ってましたとばかりにスパーンと大きな音を立てて開いた襖。あ、いま綾ちゃんの顔が一瞬ピクッてなってた。怒ってるぞーこれは。
誰かいるとは気配で感じてたけど、はてさて。開け放たれた襖から堂々と現れたのは若い男だった。佐吉くんと同い年くらいかな?上杉らしい白い着物とびしっと纏められた黒髪が爽やかさを強調している。その顔は…あれ、なんか硬い。あんだけ堂々と現れてきたんだからどんな強者かと思えば…もしかして緊張してる?
「…は、初めまして」 「おっ、お初にお目にかかりまする!!上杉家次期当主、上杉景勝様が小姓、直江兼続!!以後、お見知りおきを!!」 「うるさっ…あー、こちらこそ、よろしくお願いします…?」 「なまえ殿!!貴殿の輝かしい功績は謙信公や御前からかねがね伺っております!!伝説の忍びとも謳われた貴殿と、こうして、相見える日が来ようとは…この兼続、感動を抑えられません!!」 「それはどうも…いたっ、ちょ、あの、加減、」
手を差し出すとがっと掴まれてぶんぶん上下に振られる。すごく痛い。そして耳も痛い。よく見ると謙信公は無表情で、綾ちゃんはにこにこしながら両者ともに耳を塞いでいるではないか。ずるいぞ。それにしても声でかいなこの子。超うるさい。
兼続くん、だっけ?この子といい甲斐ちゃんといい、若い子たちの反応はすごく面白いな。実際見た訳じゃなく話でしか聞いてないからこんな反応なんだろうな。実際に僕の戦場での姿を見ていればもっと違っていただろう。こんな若い子たちがあんな僕の姿を見ていたら、こんなに友好的に関わってくることはまずない…いや、一人だけ例外がいるな。あの子はちょっと変わってるからなあ。次はあの子に会いに行こうかな。
「可愛い兼続、そこまでになさい。いくら生霊と言えど、そろそろ離さねば腕が引きちぎれてしまいますよ」 「その表現怖すぎだから!もっと普通に止めて綾ちゃん!」 「綾、ちゃん…!?御前に対してそのような…いや、それも伝説の忍びたる貴殿であるがゆえに許されることなのでしょうか!?」 「僕が勝手に呼んでるだけだよ。ほら、綾ちゃんって呼び方にすると可愛くなるでしょ?」 「あらなまえ、その言い方だとまるでそうでないと綾が可愛くないということになりますよ?私の聞き間違いかしら」 「そう言ってるの」 「ふふふふ…まだまだ綾の愛ある薫陶が足りぬようですね」 「だぁから間に合ってるってば!」 「なっ!!」
綾ちゃんから身を隠すように、兼続くんの背中に抱きついた。しかし綾ちゃんの笑みは崩れない。すごく怖い。
「そこをどきなさい兼続。心配せずとも、あなたにもあとで同様に…ふふ」 「何故!?しっ、しかし御前!私の意思とは関係なくなまえ殿が…!」 「頼むよ兼続くん、僕を護れるのは君しかいないんだ」 「なっ、そ、そのような名誉な役目を私に!?」 「兼続、そのような小悪魔に惑わされてはなりません。そのうろたえ者を確保しなさい。すぐに」 「小悪魔ってどんな表現だよそれ…まあいいや。謙信公、またお邪魔します。綾ちゃんと兼続くんも、また会おうねっ」 「ぬおっ!?」
どんっと兼続くんの背中を押し、その隙に部屋から逃げ出した。これで会いたい人たちも残りわずかかな?みんな元気そうで本当によかった。まあ、だからこそいまこんな平和な世の中になってるんだろうけど。
初めましての出会いも増えたし、いいことだ。さて、次に向かうは…つってももういい時間だし、どうしようかな。お願いすれば泊めてもらえそうだけど…一応掛け合ってみるか。
「……取り逃がしましたね兼続」 「ごごごごごご御前、不可抗力です!私はなにも…!」 「仕方ありません…なまえの分も、まとめて二人分の薫陶を授けましょう」 「そんなぁ!!お考え直し願います御前!!」 「ふふふ、そんなに興奮して…焦らずとも綾は逃げませんよ」 「姉上、ほどほどに…」
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