どちらも口を開くことなくただ城内を歩いていた。結構だって言ったのにな〜一人の方がさくさくっと帰れるし楽だったのに。それに半蔵くんも面倒だろうに。何より会話がないのが居心地悪すぎ。無口か!

しかしそうこう考えながら歩いているといつの間にか着いていた。半蔵くんが顎を門外の方へ動かし、僕を見る。

「いや最後まで無言とかやめてよ。元気してた?」
「……何も変わらない。平和だ」
「そりゃよかった。影としてのお仕事も減ったんじゃない?」
「良い事だ。殿も城の者もみな笑っている」
「ふはっ、いいねえ、これぞ泰平の世ってか」

あ、今の孫市くんっぽい。まあ半蔵くんも元気みたいでよかった。

「…なぜ戻ってきた」
「へ」
「妹になにかあったか」
「あー……いや、ないよ。僕が勝手に会いに出てきただけ…情けないだろ、小太郎くんになんて阿呆とか言われちゃってさ」

あははって笑ってみたけど、半蔵くんはただ黙っていた。否定するでも馬鹿にするでもなく、ただ静かに。その沈黙に少し救われた気がする。

「……無理はするな」
「!」
「風魔も口ではそう言いながら、心配しているはず」
「風魔もってことは、半蔵くんも?ふはっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「はぐらかすな」
「………」
「…あまり無理をしていては…いつか壊れてしまうぞ」

僕にしか聞こえないような小さな小さな声。無理、というのはきっと僕のこの気持ちのことだろう。

「……無理なんてしてないさ。それに、もう終わりにするから」
「………」
「あの子ね、好きなやつ出来たんだって。願ったり叶ったりだよ。これでようやく本当の意味で吹っ切れる」

まあそいつがあの子に見合うちゃんとした男なら、の話になるけどね。でももう覚悟は決めたよ。このぐっちゃぐちゃで目も当てられない汚ないおぞましい感情とも、さよならだ。

「……なら、いい」
「いろいろ心配かけてたみたいだね、すまない」
「…姿を消すにしても、せめて一声かけろ」
「そうだね。君やおねねちゃんくらいになら声をかけとくべきだった。まあ次からは気を付けるさ」
「次など作るな。また殿が心配される」
「あー、はいはい。ったく、殿馬鹿なのは相変わらずだな」

そこが半蔵くんのいいところなんだけどさ。とりあえず半蔵くんにはまた今度ゆっくり愚痴聞いてもらおう。小太郎くんの事とか小太郎くんの事とか小太郎くんの事とかね。

「……さて、ありがとね。もう戻っていいよ」
「……またいつでも来い」
「そうさせてもらう。家康公たちによろしくね」

軽く手を振ると瞬く間に消えてしまった半蔵くん。忍びみたい。いや忍びなんだけど。

よし、僕もそろそろ出発…と一歩進んで、止まった。誰かいる。そうか、半蔵くんがわざと小さな声で伝えてきたのはこのせいだったか。

「…やっほー、くのいち」
「にゃーんだ、気付いてたんですかなまえ師匠」

すたりと門の上から降りてきたのはくのいちだった。危ない危ない。さすが半蔵くんだ、よくわかってくれてる。

「なに話してたんです?」
「聞いてなかったのか?てっきり盗み聞きされてるのかと」
「人聞き悪いにゃあ。なんにも聞いてませんよ」
「そっか。まあ、君には関係のない話だから」
「はあ、そうですか」

あ、ちょっと膨れてる。可愛い…ってここが駄目なんだな僕。ちょっとずつ直していかないと。

この子は、妹だ。血の繋がった大事な大事な妹だ。そんな彼女を僕の身勝手で傷付けるなんて、そんなこと絶対にしちゃいけない。

「…ところで、どうしてここに?」
「師匠のこと探してたんです」
「え?僕?」
「師匠、どうしてしばらく隠居してたんでしたっけ」
「……どうしてって、」
「友達に聞かれたんですけど、何でだったかな〜ってど忘れしちゃって。それで探してたんッス」

ど忘れだって?とんでもない。覚えていたらそれこそ一大事だった。大丈夫かな、動揺が顔に出ていなければいいけど。

「…君にも友達ができたんだね」
「へ?あー、まあ…師匠も会ってる子ですよ」
「ほんとに?女の子?」
「はい。甲斐って子なんスけど…」
「甲斐…あーあ、甲斐ちゃんか!」

赤と黒を身に纏う女の子を思い出した。小田原にいた可愛いあの子だ。そうかそうか、あの子と友達だったんだ、良いことを聞いた。

「なら今度お礼を言いに行かなきゃな」
「お礼?」
「ああ。この子と仲良くしてくれてありがとうって」

これからも仲良くしてあげてくれってね。安心した。僕といた時は修行漬けで他者との交流なんか皆無だったろうし、別れたあとの行方は武田に行かせたこと以外は把握してなかったから心配してたんだよね。よかった、友達と呼べる存在を作っていて。

…さて、上手い具合に話をそらせたし、そろそろ離れなきゃ。

「よし、それじゃあ僕まだ行かなきゃいけないとこあるから、もう行くね」
「余計なお世話です」
「?」
「甲斐ちんのこと。ていうか…気を付けた方がいいかもですよ」
「…なにが?甲斐ちゃんのこと?」
「…甲斐ちん、もしかしたら」

もしかしたら?なんだろう、初めて会ったときは照れてばっかりで可愛い印象しかなかったんだけど。あんな純情そうに見えて実は腹黒なんですとか言われたらどうしよう。

「……や、うそ。忘れてください」
「えー!そこまで言われたら逆に気になるんだけど」
「とにかく、出来るだけ会うの控えてください!約束!じゃないと師匠のこと嫌いになるから!」
「子どもか!」

いや待て、でもそれはそれで地味に本気で傷付くぞ。よくわからないけどとりあえず今は素直に頷いておくか。それに誤魔化しがバレる前に行かなければ。

「わかったわかった。出来るだけな。それじゃあまたね、くのいち」
「はい…あっ!待って師匠!あたしまだ隠居理由聞いてな、」

くのいちの言葉が終わる前にそこから姿を消した。なんとか間に合ったか。

賢い君ならこれで察してくれるだろう、それに首を突っ込むなってこと。ごめんね。恐らく一生君に教えることはないだろう。だって君のために身を隠したんだから。



(……師匠の馬鹿…)


150301